2009年07月07日

事件から学ぶ〜パチンコ店放火事件

fukohei.jpg自分は自殺するつもりだったと言っているらしいが、ただ一人で死ぬのではなく、道連れがほしかったと報道されている。

他人をも巻き込む自殺を、拡大自殺と言うんだそうだが、最近このような事件がいくつか合ったような気がする。

犯罪を憎むことは簡単だが、それだけで終わってよいかという疑問が払拭できない。

それは、この日本がなんとなく不公平感を感じるからだ。

ごくわかりやすく言えば、誰でも5〜10年ぐらいまじめに働いたら、家一軒が手に入るというようなくにだったらなあと思うからだ。

「まじめにやれば」という実感を国民が持つようになれば、社会の空気も、ずるいことを考える人は少なくなると思うからだ。

子どもの頃は、将来を夢見て、意気揚々と生活していたものが、次第に夢がしぼむという社会は生きにくい。

もちろん、プロ野球の選手にあこがれていたが、身体能力がそのレベルにないから断念するというようなことを指して夢がしぼむと言っているのではない。

何が問題かというと、税金を取り立てるのはいいが、その税金が国民に有効に還元されているかということだ。

残念ながら、とれるだけ取って、取った以上自分たちで上手く使ってしまえとの印象が国民の間には強くなってしまったと思う。

そして、しばしば国益という言葉でごまかされるようでもある。

まじめな人は、国益というと、それは国民のためと考えると思う。
ところが、それは国体を維持するためと説明され、国体の維持とは何かと追求していくと、最終的にはお役人のためという結論に達してしまう。

戦後、ずいぶんアメリカの影響を受けてきたのだが、日本はアメリカの個人主義を受け入れず利己主義の増殖に努めてきたようだ。

利己主義の世界では、負け犬は死ねである。
それなら、一人死ぬのはしゃくだから、他人をも巻き込む拡大自殺をしようかという考えに至るのかも知れない。

今回の放火事件の容疑者は、家賃の滞納もなく、仕事もまじめだったという。
そういう彼が、人生の何に失望したのかを知ることは大切だと思う。

人はパンのみに生きるものではないの言葉を思い出した。

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posted by edlwiss at 22:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2009年07月06日

報道のバランス

非常に重要な問題と思われるのに、ほとんど報道されない、あるいは全く報道されないと思われる問題を取り上げてみたい。

在日韓国人・朝鮮人に対する年金

日本政府は、在日韓国人・朝鮮人に年金制度へ加入を呼びかけたところ、彼らは拒否した。
しかし、彼らに年金を払っているということを聞くが、どうなっているのか?

日本人ですら、全く年金をもらっていない人がいるのに、年金制度に加入しなかった人たちへなぜ年金を払うのか?

民主党は在日外国人に参政権を与えよと主張している

ことの賛成、反対にかかわらず大きな問題と思われるが、衆議院選挙も近くなったこのごろでも、なぜ争点として取り上げないのか?

日本国民の意見を聞く必要があると思う。

今は黙っていて、民主党は与党になったら、強行にこの案を成立させようとしているのか?


私は何党でもないが、当面、この2つが疑問であるが、このように重大な問題をマスコミも取り上げないというのは、不気味な感じがする。

在日外国人への参政権付与に、民主党は大変熱心なようであるが、日本に住んでいるというだけで、外国人に選挙権を与えるというなら、大勢の外国人が住む地域では、外国人に行政が支配されることになると思うがそれでよいのか?

年金制度に加入し、保険料を払ってきても規定の年数に達しないという理由で全く年金がもらえない日本人や、もらっていても月2〜3万円という人も多いらしい。

パチンコ規制

パチンコは風営法によって規制されており、学校の近くにはつくれないことになっているが、この規制を取り払うとしているのが民主党らしい。
また、パチンコの景品交換は、近くの建物で、事実上現金交換が行われていて、ギャンブルと言えるものだと思うが、これを堂々と現金交換できるように、合法化しようととの案を練っているのも民主党であるらしい。

やはり、民意を問う必要があるのでないか?

どうも、民主党は在日韓国人・朝鮮人の権益拡大に熱心のように思われるが、国民に対してわかるように説明し、意見を聞くべきではないか?

自民党が追求しないのも不思議な気がする。

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posted by edlwiss at 12:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2009年07月05日

子どもの目線でと言うが

子どもの目線でとか子どものためにという言葉は注意すべきである。

それは、子どもの目線でと言う人が、本当に子どもの目線で見ているかということである。

教育界は、とかく言葉だけが飛び交い、おめでたいのは言葉を聞くと、それが実践されているかのように錯覚する人がいるからである。

今年は教育汚職が話題になったが、不愉快なことに、教育界に入り出世のために奔走しゴマばかり吸っている人が、そういう言葉を多用する傾向にあると言うことである。

心のない人が、心が大切と言ったりする。
おそらく、自分に持ち合わせていないから、よくわかるのだろう。

教育界の最大の問題は、真に教育に情熱を持っている人が、現場の教育界で中心になりにくいことである。

自分が持ち合わせていないような、歯が浮いた言葉を平気で言えるような、似非教育者の横行がなくなるような施策が、真の教育改革である。

私の知っている人で、とても教育熱心で力のある人がいるが、この人はある集まりで、少し控えたところで学閥だけを集めて「付け届けなどやっていますか?・・・・」というようなことを聞かれたことがある。

「全然やっておりません」

と答えたら

「あなたは絶対に校長になれません」

と言われたそうである。

教育界のこのような裏表があって、なんとなく暗い空気は子どもにも伝わる。

だから、結果的に発言の重みを書くことになる。

今、機会あるごとに官僚問題が取り沙汰されるが、教育界もこのうっそうとした空気を払拭する努力をしてもらいたいものである。

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posted by edlwiss at 09:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題

2009年07月04日

評価はいかに良い実践をしているか

中山氏は日教組の強いところは学力が弱いと言ったのであって、朝日新聞の調査による、組織率の高さと学力は、問題点のすり替えだと言っている。

確かに組織率の高いところが、必ずしも組合運動が強いところとは言えないだろう。

それに、日教組は途中で組織が分裂し、全日本教職員組合(全教)が新たに誕生している。
だから、組合運動と言っても、日教組だけでなく、全教も考慮する必要があるだろう。

いずれにしろ、日教組が日本の教育に対して貢献しているのかどうかは、教育実践を通して成果を上げているかどうかで評価すべきだろう。

現場で教育に熱心な先生が、組合運動に対してどうなのか?
どういう考えを持っているのか、を見ればわかるのではないかと思う。

ある社会科の先生は、教育課程に沿って授業をせず、受験戦争の批判をしたり、試験のための勉強は本当の勉強ではないなどと生徒に話をしているという。

こういう先生が、他と変わっていて、生徒の目には新鮮に映るらしく、人気がよかったりするらしい。

私も義務教育の学校が、予備校と錯覚するような授業をするのは賛成ではない。
だが、生徒たちが直面する問題から目を背けていては、犠牲になるのは生徒だと思う。

多くの先生は、受験に傾きすぎな中学校の授業を苦々しく思いながら、苦労して学問する楽しさを教えていると思う。

現状では受験戦争と戦いながら、理想の教育を目指し、受験後も生徒たちに残るものを教えていくしかないと思う。

仮にも、その場しのぎの受けをねらった指導をすべきではない。
思春期の子どもたちの心は不安定で、その中で、一本筋を通した教育をしていくのは簡単ではない。

始めは嫌われていても、卒業近く、あるいは卒業後に教え子に、いい先生だったといわれるような教育をすべきではないかと思う。

そういう教育に日夜励んでいる先生は誰か?
その先生は組合活動に熱心なのか、そうでないか見つめてみよう。

[参考]
全日本教職員組合
1989年11月の日本労働組合総連合会(連合)結成に至る流れの中で、これに反発する単組が日本教職員組合(日教組)の中にも多数あった。これらの内、統一戦線推進労働組合懇談会(統一労組懇)の教職員部会に所属していた単組を中心として、日教組が連合加盟を決定した第68回定期大会(同年9月69日)をボイコット[1]、日教組を事実上離脱して約2ヶ月後の11月17・18日、全日本教職員組合協議会を結成した[2]。発足時の公称組織人員は18万人[3]。

その後日本高等学校教職員組合(日高教左派・一橋派)との組織統一により、1991年3月6日、日教組から分裂する形で、公称21万人の組織(当時の労働省の調査では、実際の組織人員は約16万8千人[4])として発足した。

全国労働組合総連合(全労連)に加盟。現在の加盟単組は、日高教左派加盟単組が31組合(準加盟1)、全国私立学校教職員組合連合(全国私教連)加盟単組39組合、その他24組合が加盟する94単組の連合組織となっている。結成以来現在まで、日教組に次いで2番目の組織規模を持つ教職員組合である。3番目の組織としては全日教連がある。

都道府県別に見ると、教職員組合の中で全教傘下の組織が最大の勢力を持つのは青森県、埼玉県、東京都、京都府、奈良県、和歌山県、島根県、高知県である。

2008年12月発表の文部科学省調査[2]によれば、同年10月1日現在の公立学校における組織人員は約6万4千人(組織率6.4%、前年比0.3ポイント減)、新採用教職員の加入者数は373人(約1.3%、前年比0.4ポイント増)であり、他の教職員組合と同様、漸減傾向が続いている。また、厚生労働省による「労働組合基礎調査」[3]によれば、私立学校教員や、教員以外の学校職員を含んだ2008年6月末現在の組織人員は、前年比3千人減の約10万2千人である。

日教組活動との違い
民主的教師論
「教え子を再び戦争に送るな、青年よ再び銃を取るな」を綱領に明記し、日本国憲法と教育基本法,児童の権利に関する条約に根ざした教育の推進、教職員の生活と権利、世界平和を主張していることは日教組と同様であるが、教師は「聖職者」でも、単純な「労働者」でもなく、「民主的教育労働者」であると定義する点が日教組との違いであるとされている。「教師は労働者であるとともに教育の専門家である」として、労働者としての立場と、国民全体と生徒のために働いているという立場を一体とのものとし、教師としての責任を全うしていこうという考え方である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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posted by edlwiss at 21:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題

2009年07月03日

日教組の中山発言に対する反論

中山成彬・元国土交通大臣の日教組批判に対し、日教組は、声明・談話として反論を述べている。

中山前国交大臣の日教組へのさらなる誹謗・中傷発言に対して抗議するとともに発言の撤回・謝罪を強く求める

2008年9月29日

日本教職員組合 書記長 岡本泰良

中山前国土交通大臣は、「失言3連発」で批判を浴びたにも関わらず、問題発言に対する謝罪をするどころか、「日教組をぶっ壊す」「日本の教育のガン」など、日教組に対する暴言を繰り返した。憲法で保障された「集会・結社・表現の自由」に抵触し、日教組に対する誤った偏見に基づく誹謗・中傷発言は、断じて容認できない。

「日教組の強いところは学力が低い」発言は何の根拠もなく、学力調査結果からも相関関係はないことは、明確になっている。学力調査の結果で明らかになった喫緊の課題は、教育条件の整備・改善策である。重大な問題は、日教組を誹謗・中傷しただけでなく、一方的な個人の思いを理由に、日本の教育行政の責任者である文科大臣(当時)の権力を乱用し、毎年60億円を超える予算を投じる全国学力テスト導入を提唱したことである。

私たち教職員は、日々、子どもたちと向き合い教育活動を通して次の世代の主権者として育成する社会的責任を負っている。日教組は、地域の厳しい現実、著しい変化をとげる現代社会の中で、子どもたちをめぐる教育課題に向き合い、子ども一人ひとりのゆたかな学びを保障する視点から、教育実践を展開するとともに、教育条件整備・充実にむけたとりくみをすすめている。発言は、全国各地の学校現場の教職員の不断の努力を踏みにじるものである。

本日、大臣職を辞任したが、憲法を尊重し擁護する義務を負う国務大臣として辞任は当然である。個人的な思想を国務大臣という公人の立場で発言したことは、政治家としての資質・見識が問われることであり、国会議員も辞職すべきである。麻生首相の任命責任は、極めて大きい。

日教組は、改めて一連の発言に対して強く抗議するとともに、発言の撤回・謝罪を強く求める。
日本教職員組合のホームページより

中山発言が具体的に項目を挙げて批判しているのに対し、抽象的な反論に終始している。

kyoikugennsetu.jpg

「日教組の強いところは学力が低い」発言は何の根拠もなく、学力調査結果からも相関関係はないことは、明確になっている。

としながらも、それを根拠とするデータは挙げていない。

唯一、具体的な指摘は

一方的な個人の思いを理由に、日本の教育行政の責任者である文科大臣(当時)の権力を乱用し、毎年60億円を超える予算を投じる全国学力テスト導入を提唱した

というところであるが、全国学力テストに関しては、国民はどう思っているのであろうか?

ここで、学力テストの点数の高いところ(上位10)、低いところ(下位10)を掲載してみる。

※数字は順位(都道府県別).()内の数字は点数(小中学校の平均正答率を合算した総合点)

1.秋田 (547.7)
2.福井 (539.1)
3.富山 (524.3)
4.石川 (512.0)
5.青森 (509.0)
6.香川 (508.4)
7.山形 (503.6)
8.岐阜 (501.5)
9.静岡 (500.3)
10.東京 (498.9)



38.滋賀 (475.6)
38.三重 (475.6)
40.大分 (475.4)
41.和歌山(475.3)
42.福岡 (474.5)
43.岡山 (472.6)
44.大阪 (462.6)
45.北海道(458.9)
46.高知 (455.3)
47.沖縄 (423.8)

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posted by edlwiss at 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題

2009年07月03日

日教組の何が問題なのか?

nakayama_nikkyoso.jpg中山成彬・元国土交通大臣は日教組批判をしていた。
中山氏の言う「日教組は教育のガン」とは何なのか?
彼の主張をまとめてみた。

中山氏の主張

1.自分さえよければいいという、道徳性の欠如をもたらした戦後教育の原因は日教組にある

現在社会に起こっている食品偽装、親殺しのなど利己主義に起因する犯罪は戦後、日教組の推進した教育に原因がある。

2.日教組の強いところは学力が低い

朝日新聞がこれに対して、組織率と学力の関係を調べた結果、そういう相関関係はないと指摘した。
しかし、中山氏が言うには「私は日教組の強いところ、と言ったのであって、組織率が高いところと言ったのではない」と反論した。

確かに、御用組合と言われる組織率が非常に高いところでは、むしろ組合活動は盛んでないという傾向がある。

従って、朝日新聞は、組合活動の強いところと組織率をすり替えていると言っている。

3.日教組は教育に専念せず、政治運動や選挙活動に一生懸命になっている

職場放棄をして、デモなどに参加し、学校教育の方を向いていないという主張をしている。

4.全国学力テストの結果公表に反対するのは、日教組の組合活動と学力の相関を知られたくないからだ

学力テストは結果を公表しなければ、意味がない。
結果を考察して、将来の教育を考えることが大切だ。
橋下知事が公表に踏み切った決断は評価する。

5.国民として国旗・国歌に敬意を払うのは当たり前だ

偏った愛国教育をすすめているのではなく、国民が自分の国の国旗や国歌に敬意を払い、愛国心を育てるのは常識だ。

6.組合幹部のヤミ専従

組合幹部が県から給与をもらい、学校に出勤せず政治活動に専念しているのは問題だ。


以上が中山氏の主張である。

日教組としては、この国の教育をどうしたいと主張しているのかも調べてみたい。

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posted by edlwiss at 08:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題

2009年07月02日

価値観と性格

時々「・・・した方が得ですよ」との言葉を言われたり、他人の会話から聞こえてきたりすることがある。

その時、まて、「・・・の方が得」と言ったって、それは「あなたの価値観でしょ?」と言いたくなる時がある。

例えば「タダで」というのが、その得ですよの代表格ではないかと思うが、私の場合「そんなの、自分の金払った方がいいなあ」と思うことがある。

時々ニュースになる議員さんたちの公費旅行というのは、タダ旅行ではないかと騒がれたりする。

視察という名が多いが、事実上慰安旅行であったりすると問題になり、その顛末が旅行代返納という場合もある。

そういう事実上のタダ旅行に便乗できることが、得と考えるどうかは個人の価値観だろう。

結局、そういう価値観の違いは、性格からくるものだと思うのが私の考えである。

教員の世界でも、果たして得なのかどうかということはたくさんある。
校長になって得なのかというのも、個人の価値観による。
ある地域では、校長になった人が、降格を希望したり、校長になりたくないと言ったりで教育委員会が困惑しているらしい。

教員の場合、多くの時間が子どもと対面するので、相手が子どもということでナメてかかるというのも、その人の価値観によるだろう。

例えば、寝坊して遅刻したりしたとき、なにがしの仕事が忙しく・・・と言ってごまかすことができる。

でもごまかせないという人もいる。

ただ、ごまかせたと思っても、何となく伝わるものがあるらしく、それがつもりつもって信頼関係の脆弱につながることがあるようだ。

私は自分の失敗が原因で遅刻したりした場合、子どもの前ではウソは言えない質だ。

格好をつけているわけではなく、対面する前は、あれこれいい訳を考える。
ところが、顔を見たとたんにウソは言えなくなってしまうのである。

それは、損だ得だの世界とは無縁のものである。

しかし、損だ得だとは言っても、人は結局、生まれて、最後は死ぬ。
要するにスタートもゴールもみな同じだ。

その人生を長いと感じるか短いと感じるかも、人それぞれであるが、私の感じるところでは、宇宙的規模から考えるとほんの一瞬だから「何をジタバタ」と思ってしまう。

ガツガツして人生を終えるより、気分よく生きたいというのがウソ偽りのない私の価値観と言える。

だから、子どもの前でウソが言えないんだろうと思う。

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posted by edlwiss at 23:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記