何かがなくなれば、探すのだろうが、持ち主自身の過失でなくて、盗難に遭ったとなれば、盗んだ者への怒りを持つのは人情だろう。
しかし、学校とは特別の場所だということを忘れてはいけない。
学校も特別だが、
成人が何かを盗めば、窃盗罪に問われる。
だが、未成年については事情が違う。
それは、少年法という法律があるからだ。
触法少年に対する行政機関による保護処分について定めた1922年に制定された旧少年法(大正11年法律42号)を戦後期に全面改正して成立した。提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
少年法では未成年者には成人同様の刑事処分を下すのではなく、原則として家庭裁判所により保護更生のための処置を下すことを規定する。ただし、家庭裁判所の判断により検察に逆送し刑事裁判に付さしめることもできるが、その場合においても不定期刑や量刑の緩和など様々な配慮を規定している(51条、52条、58条、59条、60条等。少年保護手続の項目も参照)。なお、少年に対してこのような規定をおくのは、未成年者の人格の可塑性に着目しているためとされている。
2007年改正で、少年院送致の対象年齢は「おおむね12歳以上」となる。法務省は「おおむね」の幅を「1歳程度」とするため、11歳の者も少年院収容の可能性がある。
本法でいう「少年」とは20歳に満たない者を、「成人」とは満20歳以上の者をいい (2条1項) 、性別は無関係である。
未成年は社会的に未熟で、未熟なうちに刑事罰を科してはかわいそうだというのが趣旨と言えるだろう。

未成年が少年法で守られていても、場合によっては成人と同じ刑事罰が科されることもある。
だからと言って、そういう方向に追いやるのは、学校の敗北と私は考える。
罪を憎んで人を憎まず
という言葉があるが、犯人を憎む前に、どうしてそういう事態に至ったかを考えてみるべきだろう。
そういえば、先生たちの昼食が盗まれたことがある。
土曜日に会議を行い、出前の置いてある隣室に行ってみると、カツ丼がなくなっていた。
犯人は、間もなくわかった。
教室のゴミ箱から、器が出てきた。
そこから探っていって、1人の生徒が盗み出して食ったということがわかった。
親を呼ぶと、母親がきれいに着飾って「ウチは仕事が忙しいので、子どもの弁当まで・・・」と言い出した。
盗みはいけないことだが、そんなに飢えに耐えかねるまで放っておく親に腹が立った。
この話を思い出すと、ユーゴーの「レミゼラブル」も思い出す。
小説ではあるが「人間とは・・・そうなのだ」とつくづく感じさせられる。

ミリエル司教は実に偉大な人だ。
教師は、この司教のような心を持つべきだと思った。
世の中には、本当に本人の責任なのかと思われる事件もある。
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