2011年06月28日

感動したと書けば感動したことになるのか


ある小学校でのこと。
誰かが国語の研究授業をやらなければならない事情になっていた。

会議を開いても、誰がやるかは決まらなかった。
普段は、われこそはと語る人が多いのに、いざ自ら研究授業を引き受けて、たたき台になろうという人はいない。

中学校から転勤してきたばかりの私は、部外者的扱いだった。国語がいわゆる私の専門教科でもないということもあった。

しかし、いつまでも埒が明かないので、私は国語の授業に自身があるわけではなかったが、
こんなことにいつまでも関わっていたくない。早くかたづけてしまいたいという気持ちがあったので「私がやりましょうか」と名乗り出た。

みんな、ちょっと驚きの表情を見せたが、それならということで、私が国語の研究授業をやることになった。

授業そのものの良し悪しは別として、反省会ではわれこそはと思う人が、盛んに授業の批判をした。
私は至らなさを指摘されると、素直に「未熟なもので・・・」という調子で意見をたまわった。

しかし、閉口したのは、どんなに至らなさを認めても、ああだこうだと引き下がらない女の先生がいたことだ。
内心、この人は家庭生活がうまくいっていないのかとさえ思った。

その後、その女の先生は会議で、自分でやってみた授業での子どもの反応とやらを披露した。

「これらが、題材の文章を子どもが読んで感動した例です」と言って、子どもの作文をいくつか紹介した。

紹介された子どもの文章にはみな「私は・・・・感動しました」との言葉が書かれてあった。
確かに「感動した」との文字はあるが、文章は読み手に何かを訴えるようなものではない陳腐なものであった。

この女の先生は、どうも、子どもが「感動しました」と書くと、子どもは感動したんだと考えているらしいということがわかった。

「私が授業をやると、子どもたちはこんなにも感動するんです」と言いたかったのかも知れない。

ユーゴーの名作「ああ無情(レ・ミゼラブル)」の読書感想文を書いて、優秀な読書感想文集に載っていた、小学校6年生の女の子の文章を読んだことがあるが、その文中には「私は感動しました」という言葉はなかった。

彼女は学級委員をやっていて、その職務を忠実にこなすことが、何よりもクラスをよくすることと考え、忘れ物や宿題をやってきたかどうかのチェックを厳しくやっていたと書かれていた。
ある日「ああ無常」を読んだら、ジャン・バルジャンをしつこく追い回すジャベール刑事の登場にハッとしたという。
憎らしいジャベールは自分のようだと感じたというのだ。

忘れ物のチェックなどを執拗に行っている自分と、ジャベールが重なったというのだ。

子どもが「感動した」と言えば「感動したんだ」と思ってしまう先生はなんとかならないのか?

こういう人は、本当に感動している子どもの心をつかめないで終わってしまうのではないか。

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posted by edlwiss at 23:02 | Comment(3) | TrackBack(0) | 教育研究

2011年06月27日

dolceの散策日記

クラリネットの練習をサボっていて、体力が落ちたことに気がつきました。
それで、朝、散歩をすることにしました。

近くに岡崎城があるので、そこを目標に行き帰りすることにしました。
帰ってくると、一日の必要運動量の約半分消費することがわかりました。

ビデオカメラを持って出かけて、記録したことを別の日記にすることにしました。

dolceの散策日記」と題して別ブログにしました。

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posted by edlwiss at 20:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年06月25日

感動がなければ覚えられない

この言葉は、私がずっと気になっていた言葉で、最近になってその理由がわかった。
以前、ブログで「できない子はかわいそうな子ではない」というのがあった。
その理由は「できない子は、やらないからできないのだ」という意味のことが述べられていた。

確かに、やらないからできないのだろう。そのこと自体はわかるのだが、私にはどうしても違和感が残った。
しかし、それをうまく説明することはできなかった。

そこで、その違和感が何であるかつきとめたいために、いくつか質問をしたのだがその回答は得られなかった。
それどころか、私のいくつかの質問に対して「攻撃」と決めつけてきた。
わたしは攻撃する意図など全くなかったのだが、どうしても質問の意味自体が理解できなかったようである。

今思うと、私の質問自体が汲み取れなかったこと自体も問題だと思うようになった。
以下、それらの理由について述べてみたいと思う。

また、昔のことになるが、子どものころから、私は「しくみのあるもの」に強い関心を持っていた。
いったい、この中身はどうなっているのだろうと、いろいろなものに対して興味を持った。

ある日、壊れたラジオをいただいた。
真空管のラジオである。
ラジオの仕組みなど全くわからなかった私は、裏蓋をはずし中身の点検を始めた。
部品にはほこりがいっぱいついていたが、それらを払いながら探索した。

そのうちに、なんとか音が出るようにしたいと思うようになった。
しかし、音が出ないもの、壊れたものだからいただいたのであるから、そのままでは音が出るわけがない。

その後、私はあまり理屈もわからないままにも、一応音がでるようにしたという経過があるのだが、私がここで一番言いたいのは、あのガラスのダルマのような格好をした真空管の名前が6Z-P1だったこと、ひとつだけ頭に金属のへそのようなものがついていた変わった真空管が6ZDH3Aであったことなど、だれに覚えろと言われたわけでもないのに以来、覚えているのである。

今思うと、そこには感動があったと思う。
そうなんだ、感動があったから覚えたと思うのである。

「行きたくもない高校に行かされて、殴られて・・・」
と言ったのは、A少年で、彼は某高校へ進学したものの、本人は勉強には興味がなく進学はしたくなかったのに、親の見栄のために進学させられ、高校でふてくされた態度をとることが多かった。
それで、注意されて殴られたことがあったらしい。

私は勉強はおもしろいものであると思うし、そのおもしろさを感動を持って体験できない子どもたちがかわいそうと思うのである。

これを教師側の視点から見れば、子どもに何の感動も伝えられない教師は、本当の意味での教師とは言えないのではないかと思うのである。

だから、教師は「やらないからいけないのだ」と言っているのではなく「自分は子どもに感動を伝えることができたのか」ということを自問自答してみるべきだと思うのである。

何もよりも、私がゾッとするのは「できない子はかわいそうではない。やらないからだと」無機的な感覚で言ってのける精神状態である。

できない子はかわいそうな子ではないと言い、世の教師の接し方は「きれいごとで済ましている」というのだが、いったい、その「きれいごと」とは具体的に何を言っているのか全く述べられていない。

それでは、その言葉の実体が本当にきれいごとに過ぎないのか、そうでないのかさっぱりわからない。

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posted by edlwiss at 20:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究

2011年06月17日

義援金はすべて民間の手で

ある日、となりのおばさんが「フライってお食べになりますか?」と言って、揚げたての魚のフライを持ってこられた。
親戚でも知人でもない人だ。
私は少しジーンときて、ありがたくちょうだいした。

不思議なもので、普通のフライとは違う味がした。

義援金はもっと切迫したもので「スープが冷めない距離」という言葉があるが、時間が経って救われるべき人が救われなければ意味がなくなってしまう。

行政のロボット人間が何もできないことにつきあっていては、不幸な人がどんどん増えてしまう。

冬の寒い時期に、ホームレスの人たちに公園で炊き出しを行っていた人たちがいた。
思いついたらすぐやる。手続きなんて不要だ。叱られたら叱られたでいい。

義援金も民間で集めて、民間で配ろう。
公園でラーメンを配るように、お金を配ろう。

貰う人に偽物が混じっていてもいいじゃないか。

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posted by edlwiss at 22:43 | Comment(1) | TrackBack(0) | 社会時評

2011年06月17日

なぜ義援金は届かないのか?

義援金の意味がわかっていない

かつて、にぎりめしが食べたいと書置きを残して餓死した人がいたというニュースがあった。
役所に生活保護を申請しても、受け入れられなかったということだ。
一方で、生活保護で不釣合に豊かな生活をしている人たちがいるという。

義援金を寄せる人たちは、どういう気持で寄付しているのだろうか?

義援金とは慈善や被災者救済などの趣旨で、金銭や品物を差し出すことと辞書では説明してある。
ここで、差し出す人はどういう気持で差し出しているかということだが、先ほどの例のように、食べるものがなくて死にそうな人を見たら、何も余計なことは考えず、すぐにも何かを差し出すというのが人情である。

そういう時、人は何も見返りなど期待していない。
困った人をただちに助けたいというのが義援金の最も大切な心であり、手続きに時間をかけたために、不幸な人が出たら、それは義援金の意味がなくなってしまう。

そういうことが、義援金を扱っている人がわかっていない。

義援金を出した人は、すぐにでも人を助けたいという気持ちを持っているのであり、役所的な手続きなど問題にしていない。

すぐそこに困っている人がいるから、すぐ助けたい・・・助かってよかったという気持ちを得たいのである。

なりふりかまわず、救援をしなければならないのに、義援金を預かった当事者は醒めている。
線路に落ちた人を飛び降りて救出した人がいたが、こういう時に「線路に立ち入ってはいけないという規則を考えている」ようなものである。

政府は急遽、現場に仮設小屋を作り、今、1円の金もなく生活に困っている人は来て下さいという窓口を作り、とりあえずの生活資金を渡せばよいのである。

犠牲者が確定してから公平になどと言っていたら、行方不明の人が全員発見されるまで待たなければならない。
その間に、生活困窮者が死んでしまう。

人の心の痛みがわからない

知事も市長も町長、村長もインタビューでは「らしい」ことを言っているが、本当に今途方に暮れている人の気持ちがわかっていない。

被害を受けたと言っても、みんなが一様な被害を受けたわけではない。
緊急を要する人の気持ちがわかっていない。

自分が現場に行って、今、困っている人に手を差し伸べろ。
途方に暮れている人に、ポケットマネーでもいいから1万円、いや千円でも渡せ。

インタビューで格好つけていないで、すぐ目の前の人を救え。
自殺者が出る前に、声をかけて「お金の心配はしないでください」と言え。

人間がロボット化し、ロボットが人間化しているとつくづく感じたのが、この震災での対応である。

そのうち、ロボットの方が豊かな心を持つのではないか。

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posted by edlwiss at 08:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2011年06月16日

過剰な個人情報保護によるマイナス面を考えてみたい



個人情報保護法成立以後「個人情報保護ですから」という言葉の壁を感じるようになった。

改めて法律を見なおしてみることも必要だろう。
posted by edlwiss at 07:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2011年06月14日

なぜ原発処理は進まないのか

始めにお断りしておくが、以下に述べる私の考えに対して根拠を問われたら、犯人探しのように証拠を提示することはできない。しかしながら、震災後のこれまでの資料や報道などを総合して考えると、こうなるというもので空想を述べているものではないということである。

連日、目につくのは東電叩きであり、その叩きにあっている東電は元気がないかというと、全くそんなことはない。

なぜなら、原発は東電が申請したという形はとっているものの、それを支えているのはもっと大きな力だからである。

つまり、始めに原発ありきから始まっていることであって、それは東電の決定ではない。

国のエネルギー政策に則ったものかというと、それらしき形は作っていても、中身はそうとも言えない。
原発がベストという選択ではなく、原発という利権に群がって美味しい目をしようとする人たちの力である。

それは図に示すように、まず官僚が音頭をとり、政府も官僚に頼り自信もうまい汁を吸っている人たち、さらにその下に原発により交付金をもらう自治体、仕事をもらう企業、個人と裾野は広い。

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原発交付金は麻薬と言われているように、建設当初は大きな金が自治体に支給されるが、その後は年々減っていく。
麻薬はうったときは効き目が大きいが次第に効果が薄れるように、原発に頼る財政は建設後は苦しくなる。
だから、第二号機の建設ということになり、さらに第三号、四号と自治体によっては麻薬に頼るような行政になるわけである。

大きな視点が持てない議員や住民は、財政が潤わないことには反対する。
だから、原発の危険性には目をつむることになる。

こういう構図は東電にはよくわかっており「責任って、誰の責任なの?」と開き直ることができる。
「あんたたち、今、原発に文句言っているけど、これまで生活が成り立ってきたのは誰のおかげなの?」
と腹の中では言っているのではないか?

だから、賠償金なんて、払いが遅いって言われたって、追及されたらまずいのは誰なのかってことになる。

そのうち、金に困れば国会で、国が払うってことになるでしょうというのが、東電の腹だろう。
国が払うって?
そりゃあ、財源は税金です。つまり、国民が払うことになるのです。

国は一銭もお金は持っていません。
国が払うというのは、国民負担です。

官僚や政府は少しも痛みません。
国会は儀式です。東電の社長も、保安院もシナリオ通りの答弁をすればよいのです。

これは、結局、日本国民が選択している政治だということを認識しなければなりません。

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posted by edlwiss at 17:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2011年06月11日

作品の力

新卒の時だった。
赴任したのは小学校で、それも小さな田舎の学校。
クラブ活動なんてものもなく、帰宅も早かった、

「あんた、こんなに早く帰ってきてきていいの?」

と言われた。

しかし、間もなくある話が入ってきた。

「ウチでは音楽のクラブはできんかなあ」

校長の言葉だった。

いや、これは参った。
小学校で、器楽にしろ、合唱にしろまったくやる気はなかったからだ。

それで、なんとか「できない」という理由を探した。
思いついたのは、学校は金のかかることに弱いので、そういう理由がいいと。

「楽器がないからできません」
「そうか・・・」

これで、クラブ活動(課外)をやらなくていい理由が通ったと思った。

教務が

「校長さんとしては、音楽会に出ない学校はウチだけだから、寂しいようだよ」

と言った。

そうかとは思ったが、まあ校長は黙ったからいいと思った。

ある朝、校長が

「きめたぞ」

と言った。

「何をですか?」

「楽器を買う」

「はあ!??」

「楽器を買うんだよ」

断る理由がなくなってしまった。

私は音楽は好きだが、小学生のような幼い子どもにアンサンブルを教えたことはなかった。
それに、ちいさな子ども相手じゃやっかいばかり多くて気が滅入るだろうと思っていた。
しかし、校長が必要なものは揃えると言うので、しょうがないかという気持ちになった。

他の先生に相談した。

「どうやって、やったらいいんですかねえ?」

「そりゃあ、各クラスから何人て出してもらえばいいんだよ」

先生たちは、この学校にも音楽クラブができて、音楽会に出るということには前向きだった。
だから、メンバーを出すことには協力的だった。

やがて、練習を始めたのだが、今までこういう活動のなかった学校だったせいか、好奇心旺盛な子どももいた。
保護者たちも喜んでくれたようだ。

やることがいちいち刺激的だったせいか、ほとんどの子どもはよく練習もしたし、前向きだった。
ほとんどというのは、中にはそうでない子どももいた。

はじめると、徹底しないと気がすまないのが私の性格で、ずいぶん熱が入ってしまった。
日曜日も練習した。
校長は嬉しかったのか、日曜日にも出てきて、練習の様子を見ていたことがあった。
時には校長室でお茶などを出してくれた。

その年は他の学校と並んで、音楽会に出た。

すごく喜んでもらえた。

しかし、音楽会が終わると、急に目標がなくなって気が抜けたようになった。
一生懸命やったのだが、あともう何もなくなったという、心が空っぽという感じが、子どもを見ると伝わってきた。

私も子どもとの練習にけっこう心を揺すぶられていたので、シーズンオフも続けようと決心した。
メンバーの募集は希望者だけにした。

曲もそれなりの曲にしようと思い、選んだのが、ニコライの歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」序曲だった。

もちろん、子どもは知らない曲である。
しかし、こっちがやると決めたんだし、希望者を募ってのことだから文句はあるまいというのが、私の気持ちだった。
クラブはちょっとしたオーケストラのような感じになった。

こんなクラシック曲をいきなり練習するように言われたのは、子どもたちは始めてだった。
私は「とにかく、これをやる。文句は言わせない」という姿勢だった。

ところが、練習がすすんで行くと、子どもたちは曲をけっこう好きになっていった。
それは、クラブ活動の時間でないときにも聞こえてきたし、顔つきからも感じられた。

田舎の保護者たちも、今まで聴いたことのないクラシック曲を子どもたちが演奏するのに驚いていた。
そして、子どもたちは音楽が好きになっていった。
それは、とにかく顔つきが変わっていったのだ。
音楽から感動を受けるようになったと言えるのだろう。

これは、私の指導云々ではなく、名曲の持つ作品の力だと思う。
本物の持つ人をひきつける力と言ったらよいだろう。

NHKのBS-hiで、指揮者、カルロス・クライバーの特集を二日間にわたって放送した。
演奏だけでなく、彼の伝記、練習風景の記録もあった。

名指揮者で、クラシック好きな人のフアンは多い。
彼と親交の深かったあるソプラノ歌手は、クライバーのことを

「クライバーは神と音楽の間にある忠実な伝達者である」

と言っていた。

クライバーは作品の魅力を引き出す名指揮者であるが、感動は作品の中に内在しているものだということだ。

優れた作品は、優れた媒介者によって人々に伝わると言えよう。

教師と言う立場も同じだと思う。

音楽だけでなく、文学、美術、その他、先人の築いた財産を感動を持って伝える役目が教師なのだろうと思うのである。

子どもにその作品の魅力が伝わることで、感動をおぼえより高い次元を目指すようになるのだろうと思う。



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posted by edlwiss at 18:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究

2011年06月08日

映画「ひまわり」を観たときの感動を思い出します



『ひまわり』(I Girasoli)は、マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンが主演した反戦映画の傑作。日本での公開は1970年9月。

監督はネオレアリズモ(イタリアンリアリズム)の一翼を担ったヴィットリオ・デ・シーカ。音楽を「ティファニーで朝食を」や「ピンクパンサー」などで知られるヘンリー・マンシーニが担当し、公開当時には主題曲も日本でヒットした。戦争によって引き裂かれた夫婦の行く末を悲哀たっぷりに描いた作品で、劇中幾度か登場する、地平線にまで及ぶひまわり畑の美しさと、もの悲しさが圧巻。

当時、他国と断絶していたソ連に入国するのは容易ではなく、まして映画の撮影には当然許可が下りなかった。しかし、必死で映画の内容を説明し許可を得ることができたという。他にも様々な苦難のエピソードがある。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

posted by edlwiss at 11:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年06月07日

また官僚か

地震も大変だったけど、原発は収束に見通しが立たない。

もとをたどれば、真剣にエネルギー問題を考えたのではなく、真剣に利権を考えたのが始まりだということが明らかになってきた。

東電を叩くだけ叩いて悪者にしておいて、本当に悪いやつはのうのうとしている。
これが、結局、今の日本の構造ということか。

塩川正十郎氏が「こっちでおかゆをすすっていると、向こうではすき焼きをやっている」と言ったが、彼は国政を任された大臣だったのに何もできなかった。

何もできない理由は「官僚の抵抗」というやつで、不思議なことに官僚は公務員なのに、国民のために働くということはなく、自分たちのために働いている。

ということは、もういやというほどわかってきたはずなのに、どうにもならないというこの国に愛想が尽きはじめてきた。

政治家は選挙で代わるが、官僚は代わらない。だから国は変わらない。

戦前も国会はあったが、くにの最高機関ではなく、最高権力は軍部が握っていた。
現代も国会はあるが実質、最高機関とはなり得ていない。
結局、軍部に代わって官僚が台頭しただけだ。

そういう人たちを税金で食わせているというのもおかしい。

これも、もう誰もがわかっていることだ。

霞が関をなんとかしよう。

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posted by edlwiss at 22:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会時評

2011年06月05日

心配な放射能汚染



正直に情報公開すべきだ。

もう大本営発表はごめんだ。
posted by edlwiss at 22:53 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会時評

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