2013年06月29日

壊れた時計の使い道

kowaretatokei.jpg時計の役目は正しく時間を刻むことである。

それが、時計が時計として役立つための第一条件である。

壊れた時計とは、時を刻む機能がダメになったものを言う。

■壊れた時計の使い道はないか?

近くのデパートに時計売り場がある。
売り場の一部に古い時計が陳列してある。
いわゆる骨董である。

これらの時計は、時を刻むという役目がなくても、商品価値を持っている。
部屋の飾りという価値である。

しかし、時計本来の機能を失った時計が動き出すのは迷惑である。

人々が「今なん時だろう?」と時刻を確かめるために時計を意識した時、でたらめな時を示している時計は迷惑の何ものでもない。

時計本来の機能を失った時計は黙っていた方がよい。

大きな丸時計に「故障中」と張り紙がしてあるのを見たことがある。

これは「この時刻は信用できません」と言う意味だ。

そうだ、故障している時計には張り紙をすべきなのだ。

こう考えてくると、故障している人間にも「故障中」という張り紙をすると、世の中の迷惑にならないかも知れない・・・これはブラックジョークになるか(笑)。

■人間の故障って何だ?

プロ野球を見ていると、選手の故障の話が出たりすることがある。

これは、怪我のことだ。

外傷の場合は、程度の差こそあれ、大抵の選手は復帰してきている。

人間には自然治癒力がある。

しかし、故障は故障でも頭の故障というのは厄介である。

内科や外科の手に負えない故障のこと。

■ロジック回路

音楽の媒体もデジタルがほとんどになった今日でも、根強いフナログファンがいる。

テープの音が好きだという人たちもいる。

gx767dbx.jpg私の家にも、アナログのテープデッキが数台あるが、赤井電機の作ったGX-747 dbxというデッキは好きな機械である。

赤井電機の技術力を結集したような機械である。

今日でもそうだが、電気製品を凝った作りにすると、コンピュータが組み込まれ、ロジック回路が搭載されることになる。

ロジック回路とは日本語では論理回路と言い、わかりやすく言えば、人間が頭で考える作業の手順を電気回路で置き換えたものである。

電気的な頭脳と言えるものである。

これは、ICチップというチョコレートのような形をしたものに組み込まれている。

問題はここが故障した時。

このICチップがもう作られていないとなると、修理はお手上げである。

機械もロジック回路という頭脳を搭載するようになったので、この部分が壊れた機械はそれだけで全部が使えなくなってしまう。

頭脳を持っていなかった機械は、部品がなければ手間をかけて作ってしまうということも可能だったが、ロジック回路を含んだICを自力で作ることは不可能なのだ。

■機械は人間に似てきた

機械がロジック回路という頭脳を搭載してきたということは、機械が人間に近づいてきたとも言える。

五体満足という言葉があるが、人間は脳が破壊されると、残りの部分が完全でも人間の価値がなくなる。

だから、人の死を「脳死」によって判定するという基準ができたと言える。

コンピュータは人の作ったものであるから、モデルは人にあるのだろうと思う。

下図はコンピュータの五大機能を表したものである。

computa5kinou.jpg


コンピュータと呼ぶのは姿、形ではない。この五大機能があるかないかである。

電卓は、入力、出力、記憶、演算の4つの機能を備えているが、制御の機能がないので、コンピュータとは言えない。
もし、電卓のような形をしたものがあっても、制御の機能も持っていたらそれはコンピュータである。

この五大機能図を頭に入れて、人間と比較してみると、かなりの単純化であるが似ていることがわかる。

先の「脳死」とは制御の部分の消失である。

近年、制御の部分に知能が加わってきたので、ますます人間に近づいてきた。
だから、コンピュータが将棋で人を負かすようになったとも言える。

ところで、人が情報を入力して出力するまで、これらの5つの機能はみな大切である。

もう少し詳しく言うと、思考するということは記憶機能にデータを一時的にしろ蓄えて(記憶して)、制御によって演算機能も動員して、最後に結果を出力するということになる。

だから、記憶していないことは思考できないと言える。

ただ丸暗記して、それを答案に書くというペーパーテストがよく批判の的になるが、これは記憶力自体を否定しているわけではない。

むしろ記憶が弱いということは、コンピュータにすれば、RAMやキャシュメモリが少ないということで、演算は遅くなってしまう。

記憶より思考ではないかと(記憶より思考のほうが大切だ?と)言った人がいるらしいが、それはどんな人だろう?

まさか、学校の先生がそんなことを言うとは思わないが、もしそういう人がいるとしたら「車はタイヤよりエンジンでしょう」と言っているようなものだ。

「まぐろより魚のほうが美味い」

なんてことを言う人がいるとしたら「この人変」と思うだろう。

世の中には、たまにこういう「変」と感じられる人に会う。

これが、いわゆるロジックの狂っている人なのだろう。

ロジックの狂っている人は、そもそも討論の舞台に適していない。

壊れた時計のようなものだ。

壊れた時計がでたらめな時を指すように、基本的な発言が狂っているのだから、話し合いは成立しない。

壊れた時計は、始めにも言ったように「故障中」と張り紙をすることができるが、人間には張り紙をすることができないので、注意が必要である。

つまり、人との会話は、まずはじめに壊れた時計でないかを判定するところから始まると言えるだろう。

その時計壊れていないか、よく調べてから次の行動に移った方がよい。

でないと、電車に乗り遅れて大変なことになるかも知れないからだ。

人間も、相手にできるのはロジックの狂っていない(壊れていない)人が前提になる。

■思考は記憶から始まる

頭のなかに何も記憶されていなかったら、考える対象すら存在しないということだから、思考は始まらない。

だから、授業では、演出をよく考えて記憶に残りやすい授業をすることが大切である。

「記憶に残りやすい」ということは、感動があるということなのだ。

誰それの先生の授業はおもしろいというのは、授業で感動があるということである。

NHKで放映されているMIT白熱教室はマサチューセッツ工科大学のウォルター・ルーウィン教授が50時間以上もかけて、いかにしたら学生たちの感動を呼ぶか工夫して臨んでいるわけである。

教授のおもしろい授業に学生たちは感動し、物理が好きになる。

プロの演奏家も、子どものころ、若い時、誰かの演奏を聴いて感動し、それが音楽への道を決心させたという人は多い。

感動は人を動かす原動力である。

もし、感動を否定するような人がいるとしたら、ロジックが壊れているのだろう。
お客さんに感動してもらおうという気持ちのないコンサートに行く人がどのくらいいるのだろうか?
何らかの義理で行く人しかしないのではないか?

感動を呼ばない、淡々としたつまらない授業を心がけている先生がいるとしたら、それはバルタン星人が化けて地球にやってきて、地球の破壊、もしくは征服を狙っているのかも知れない(笑)。

(バルタン星人は、ユーモアが理解できないらしい=地球人ではない証拠か?)

バルタン星人でなかったら、ロジックの狂っている人(壊れた時計)だろう。

壊れた時計は止まっていた方が人の迷惑にならない。
そして、止まっていても存在価値のある時計だけが、壊れた時計の使い道だろう。

ロジックの壊れている人間は、喋らないほうがいい。
喋ると、そのデタラメを信じてしまう人の迷惑になる。

いくら正確な時計でも誤差は存在する。
しかし、最近のいい時計は、その誤差を自分で修正する。
だから、信頼が高く、使い続けられるわけだ。

人間も時に間違う。しかし、優秀な人はその間違いを修正できる。
間違っても、何が何でも押し通そうとする人には不安がある。
安心してつきあえない人といえる。

間違いを修正できない人には、大切な仕事は任せられない。
こういう人もロジックの狂った部類だろう。





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2013年06月28日

Windows XP どうしますか?

Windows XPのサポートを2014年4月9日をもって終了する、とMicrosoftからのメッセージがあったことを知っている方は多いと思う。

Windowsを7か8に入れ替えるか、それともパソコン自体をこの際新調するかという選択肢が多いと予想される。

ところが、サポート終了なんてどこ吹く風と、その後も使い続ける人たちもいるようだ。

Microsoftのサポートが終了しても、Windows XPが使えなくなるわけではない。

では、どうなる?

サポートが終了するということは、ウィルスなどの外敵の防御に不安が残るということなのだ。

サポート期間は、Microsoftが外敵からの防御のための施策を施してくれているということである。

だから、そんなお世話はいらないよという人は、使い続けられるわけだ。

そうか、ということで、私は使い続けるとどうなるか?

ウィルスの攻撃にさらされるかも知れないが、動けばいいじゃないかと開き直って使い続けると、踏み台にされる可能性もある。

踏み台とは、かつて、あった事件のように、自分は何もしていないが、あたかも自分のPCから何かが発信されているような基地にされるということである。

踏み台にされると、突然、警察がやってきて「あなた◯◯さんに脅迫メールを送りましたね。逮捕します」なんてことになるかも知れない。

■それでもWindows XPを使い続けるには

1.ネットに繋がない

ネットに繋がないなら、ウィルスの攻撃に遭うことはない。

実際、Windows95をまだ使っている会社もあった。

2.自分で外敵からの防御を考える

これは、それ相当の知識がいる。

自分でできなくても、知り合いにPCに強い人がいて、そういう人がいたらお願いするという手もあるだろう。

具体的にどうするかというと、追加のプログラムやファイルを利用するということで、これを「パッチをあてる」という。

もしかすると、パッチを誰かが配布するかも知れない。

中国ではそういう手段で、Windows XPを使い続ける人たちが多いと聞く。

ただ、Linuxへの移行も増加中で、米軍は信頼性の問題でLinuxへ切り替えるという動きが盛んなようである。
米国ではLinuxのシェアは40%と聞く。日本は15%ぐらいらしい。

OSが突如停止してしまう(これを落ちると言うが)ようでは、重要な仕事には使えない。

私もかつて自宅サーバーを作った時、Linuxサーバーは1年以上、動きっぱなしでも何ら問題はなかった。

しばしば紹介しているが、大阪箕面市では500台の中古パソコンにLinuxを導入することにした。

廃棄されるかもしれないパソコンが生きるわけだ。

こういう行政の決定は歓迎されるものである。経費だけでも莫大な節約になる。

一方でLinuxを指導する人が必要となり、公募したとある。

とかく無駄遣いが指摘されがちの行政だが、こういう姿勢は税金面でも、民間活用の観点からもいいことである。

自分にわからないものは、何かと屁理屈をつけて排除しようとするみっともない行動だけはしないようにしたいものだ。
こういうのも、かつて民間校長を雇ったとき、その校長が自殺したということがあった。
学校には、わけもわからない排他的空気はないか懸念するところである。





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2013年06月26日

理論〜実践〜検証

論文は次の3つが揃って説得力を持つものだと思います。

1.理論

2.実践

3.検証

いつも理屈をを言っているだけで実証しないと、単なる妄想と言われてもしかたがありません。

「この鍋は3分でご飯が炊けます」

と言ったところで、実演しなければ人々は納得しないでしょう。

そして、次には、なぜそうできるかという説明が必要です。

あの「ジャパネットなんとか」のコマーシャルもそうです。

オクターブ上がったような声で

「いいですか、みなさん、この◯◯は・・・・ができるんです」

とはじめて

「では、こちらをご覧ください」

と続いて実演が始まる。

そして

「いいですか、この◯◯が□□なのは、ここが△△となっているからです」

「こういう製品は、いいですかみなさん、ジャパネット・・・だけなんです」

と、論文の1、2、3が揃っている。

そういう私も、あの説得力のある話術に乗って◯コップを買ってしまいました。

先生も理屈を言う人がいますが、この説得力の1、2、3(ワンツースリー)をお願いしたものだと思います。

でないと、ホラ吹きとか妄想癖があると言われかねません。

というところで、私も今回の研究をワンツースリーで、概要をまとめてみたいと思います。

1.理論

(1)アップサンプリングの効果

16bit、44.1KHzのフォーマットでできている。
これを192KHzにアップサンプリングをすると、音質が改善されるはずである。
(ここまでは、すでに言われていることで、私の理論ではありません)

アップサンプリングの理論のイメージ図を次に示す。

upsamling.jpg


アップサンプリングは、デジタルのサンプリングポイントの間にサンプリングポイントを付け加えるもので、これを増やすことで、限りなく曲線に近づき、かつ連続したアナログデータに近似すると考えられる。
その効果により角のない滑らかな音になると予想される。

アップサンプリングをするにあたっては、WindowsよりLinuxが有利のはずである。
それは、音声信号を扱うソフトウエア、特にドライバーがLinuxの方が優れていると考えられるからである。

(2)ネットワークを使ったリモート・コントロール

Windows、Linux、Andoroid、それぞれのネットワーク機能を使えば、音楽用PC(サーバー)をリモートコントロールで再生できるはずである。

2.実践

CPUにCELERON、4GBytesRAM、4TBytesのPCを製作し、OSにLinux Studioをインストールし、ここにCDからリッピングした音楽データを格納し、これをTEAC UD-501というDACを通して、オーディオシステムに接続して再生してみた。

何度もOSのインストールをやり直し、最終的にUbuntu Studioに決定。
Linux内にMPDをインストールし、各種設定をした。
Linuxに付属のPulseAudioは働かないように無効化し、データがダイレクトにUD-501に渡るようにした。

Windowsとのネットワークを有効にするために、LinuxにSambaをインストールし各種設定をした。

リモート・コントロールするWindows側には、Gnome Music Player Clientをインストールした。

AndroidにはDroidMPDをインストールした。

3.検証

一応、目的を達することはできたが、そこまでには紆余曲折があった。

まず、参考文献の通りに実行するための環境が整わなかったこと。

はじめ、最新のUbuntu 13.04を使ったがものの、設定に間違いはなかったはずだが、音楽再生もネットワークも安定した動作をしなかった。

Ubuntu Studuoですべてうまく行ったが、それはUbutu Studioそのものがいいのかどうかは、まだ確証が得られていない。

DACのUD-501にはアップサンプリングのON、OFFのスイッチがあるが、ONの時の音質改善には歴然としたものがあった。

なんとなく、硬く、疲れやすい音質のCDの音が非常に聴きやすい音になり、かつ周波数レンジが広がった感じに聴こえた。

高音のきつさがなくなると予想していたが、低音がすごく改善されたのが不思議である。

ピアノやその他の打楽器の余韻が非常にきれいで、これは特筆ものである。

オーケストラでは演奏している部屋の響きがよく感じられる。
グランカッサ(大太鼓)の衝撃音は、演奏している場所にズシンと重く響き渡る感じが凄さを感じさせる。

ハチャトゥリアンの「剣の舞」を聴いてもうるさい感じはなく、楽器の音がきれいに分離して聴こえる。
それでいて、迫力がないということはない。つまるところ、生演奏に近くなったと感じる。

リモートコントロールも難なく成功した。
Androidにおいても、音楽メニューをタップした時のストレスはない。

このリモート・コントロールを利用すれば、行事などで、いちいちCDを取り替えたりしないで済むようになるので、この先利用が増える可能性を感じる。

LinuxAudioSystem.jpg






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2013年06月25日

お手本はたくさん存在する

あの先生は指導が下手だとか、別の先生は指導が上手などと、現実の人を単純に、判を押したように判定できるものではない。

ドラマでは、善人はどこまでも善人であり、悪人はどこまでも悪人であったりする。

hatumei.jpg現実の人間を善人、悪人とと単純に区別などできないだろう。

もちろん、ドラマでも味付けをするために多少は善人に悪をつけ加えたりする。

とにかく、現実の人間は複雑で、しかもいつも同じとは限らない。

それを、判を押したように決めつけるのは、決めつける人の見方に問題があると思う。

話し方のうまくない先生でも、子どもによく気持ちを伝えられる人もいる。

「どうして、あの先生は子どもの心を掴むことが上手いのだろう」

と思えば、その先生は、お手本である。

お手本は先生など大人とは限らない。

子どもがお手本という場合もある。

私が感心している例を一つ挙げると、子どもはブラインドタッチを身につけるのが早い。

これはレディネスが関係しているのかもしれない。

今や、キーボートを使うことは必須といえる社会である。

レディネスを考えた時、子どもの時の方がよいとわかれば、子どもの時にブラインドタッチを教えたほうが早い。

電化製品はアイデアの塊のようなものだが、最近の扇風機はとても静かである。

なぜこんなに静かなのだろうとと思ったら、ヒントは昆虫の羽根にあったという。

これは、昆虫を手本にして、昆虫から学んだということだ。

生活空間を見渡すと、お手本はたくさん存在するような気がする。

リンゴの落ちるのを見て、万有引力を発見したというが、漫然とした観察力では気がつかないということを教えてくれている。

夏休みが近づいてきた。

夏休みは研究の時とも言える。

生活空間の中から先生を見つけて、そこから学ぶというのも、子どもへのヒントになるのではないかと思う。





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2013年06月25日

他人のよいところを学ぶ

日本の伝統に「技を盗む」というのがありました。

親方は手取り足取り教えてくれない。
毎日毎日、廊下の拭き掃除と水汲みばかりという中で、親方の仕事ぶりからコソッと技を盗むわけですね。

今の世の中、すべてこれが通用するとも思いませんが、この心は大切だと思います。

先の記事でのPC製作においても、ベテランの作業を見て「技を盗む」という感覚を子どもにも伝わるようにしたいものだと思います。

もっとも、頭がいいなと感じる子どもは、こういうことをやっていると感じることは多かったですね。

PCの製作も、コネクターを挿す作業が多いですが、メモリの基盤をどのくらいの力でやったらいいか、ここは「勘」なわけです。

初心者はこういうところは、恐る恐るですが「カチッという音のするところまで」という感覚はやってみなければわかりません。

ベテランは他人のやっているところを見てもわかります。

そばにいて「それでいいよ」と言ってくれたら自信がつきます。

そう助言されるように、ベテランの技を盗むのも学ぶ人の姿勢でしょう。

毎日掃除ばかりやらせられて、親方は何も教えてくれないと不平を言って、何人かが去っていく中、技を盗もうと目の鋭い弟子を、親方が「ではやってみろ」という場面は芝居にも出てきます。

人の物を盗むのは悪いですが、技(知識も含めて)を盗むことの大切さは、それとなく教えていきたいものです。

人によっては、話せばグチや人の悪口しかいないような人もいます。
人間だから、時に腹の立つこともあるでしょうが、いつもいつも他人の悪口しか言わないような人は、コンプレックスを持っているのかもしれません。

他人のアラ探しや悪口を言うことによって、自分を相対的に高めようと思っているのかも知れませんが、時はどんどん過ぎ去っていきます。

優れた人の技から学んで、自分もそれを身につけてやろうと気概を持っている人の方が、見ていても、心が明るくなります。

子どもは未来を夢見ているせいか、アラ探しやグチを言っているのを見たことがありません。

人生、前向きで行きたいものです。

「駐車前向きでお願いします」と書いてあるのに、後ろ向きに止める人は、人生も後ろ向きでしょうか?





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posted by edlwiss at 14:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究

2013年06月25日

勘を養うことの大切さ

デジタル時代のこの社会に、人の勘など必要ないようにも思われます。

デジタルカメラはカメラが必要な条件を設定してくれるので、人のやることはシャッターを押すだけです。

でも、人は自分が写真を撮ったと言うのでしょう。

ある写真家は「あれは写真を撮るではなく、写真が撮れるだなあ」と言っていました。

それでも、カメラが考えたと言っても、カメラが考えたのではなく、そこには設計した人の知恵が入っているわけです。

私たちは便利な機械を使う時、自分で考えるのではなく、他人の知恵を使ってやっているということになります。

こういうことが当たり前のようになってきたせいか、自分の仕事の実体がないのに、自分が仕事をしたと錯覚していることは多くなっていないでしょうか?

大半の仕事をしてくれるカメラを使っても、その写真を利用する時は、大きさを何ピクセルにするか、明るさを・・・などはPhotoShopやGimpを使ったとしても、人間自身が決めなければなりません。

そこに「どのくらいが適当なのか」という勘が必要になるわけです。

「勘」は最も人間の働きの一つであるように思います。

なぜ高価な楽器があるのか?

何十年も勘を鍛えてきた、名工と言われる人たちが作るからです。

車も高級車は、エンジンのチューニングに一人の職人が、かかりきりで1日かかるそうです。
チューニングの部分は職人の勘です。

誰もが職人になるわけではないですが、どんなに機械が進歩しても、最終的には人間の勘が必要となる部分が残るように思います。

学校の先生も、経験がモノを言うのは実践の積み重ねによる勘の強さではないでしょうか?

そういう意味では、ブログも実践の裏づけのある記事を期待したいと思います。





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2013年06月23日

音楽専用PC製作に関する知識 (3)〜製作上の注意

pc_tessoku.jpg人によっては、釈迦に説法の記事になるかも知れませんが、これからという人に役立てばと思って書きます。

パソコンの組立は、作業そのものは簡単です。

小学生でもできるでしょう。

パソコンは電気機器でありながら、組立に際してハンダ付けをすることはありません。

昔はCPUによって、電圧を設定したりでかなりめんどうな部分がありましたが、今はハードの組立てに際して設定するところはありません。

コネクターを挿し込むだけの作業です。

でも、あなどってはいけません。

■電気の基礎知識がない人の組立は危険

危険と言っても、死に至る可能性はほとんどないでしょう。
(「ほとんどない」と言うことは、皆無ではないということ=感電)

でも、プラモデルを組み立てるような感覚で取り組んだらまずいでしょう。

電気が流れるわけですから、電気の性質を知っていて、事故が起こらない(起こりにくい)配慮が必要です。

具体的には、絶縁温度上昇です。

組立当初は正常に動いているとしても、長期の可動でまずいことの起こらない配慮が必要です。

■子どもでも組み立てられるが、ベテランの監督が必要

パソコンの部品はRAMなど静電気に弱いものもあります。

だから、静電気の発生しやすい環境での組立は禁物です。

できれば、人体のアースをとるといいです。

監督が必要なのは、危険回避の意味もあります。

■インストールの方がめんどう

ハードウエアが組み立てられて、完成するとOSのインストールになりますが、まずはじめにハードディスクのパーティションをどうするかの問題があります。

それが決まったら、OSのインストールですが、順調に進めばなんなく終わることが多いと思いますが、うまくいかないと、経験者でなければ立ち往生するはめにもなります。

予定通りことが運ばない時こそ、知識ある経験者が必要なのです。

だから、口だけの人でなく、実践者が大切なのです。

くどいようですが、自ら手を汚さない人は実力がつかないと思います。

もちろん、これはパソコンの組立に限りません。

正しい知識を持ち、かつ経験が豊富ということが大切です。

空想なら誰でも言えますが、単なる空想だけの人は根拠を持ちません。

いや、根拠を持てないと言った方がいいでしょう。

少し脱線しましたが、コンピュータを製作することはコンピュータの理解に繋がります。

経験豊富な人に指導してもらって、夏休みにパソコンの製作をするのもいいでしょう。

部品を売っている店に同行してもらって、部品の選定からやるといいでしょう。

その際、疑問が湧いたことは、どんどん質問してみること。

ベテランなら明快に答えてくれます。

くどいようですが、パソコンは電気機器ですから、電気の素養がある人、それも紙の上の知識だけでなく肌で感じている人が大切です。

5670_m.jpg






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2013年06月23日

音楽専用PC製作に関する知識 (2)

まず始めはPCを製作しなければならない。

もちろん、すでに所有しているPCを使う。あるいは、市販品を使うという手もある。

しかし、ここは自分の知識を増やす、実践を重視する(自ら手を汚す)という意味で製作することにする。

■PCの部品はどうする

部品を販売している店に行けば相談に乗ってくれるが、私の実践として、どんな選択をしたかを紹介しよう。

日経Linux 2013年5月号を参考にしたと言ったが、この本に紹介してある部品の調達は難しかった。

自作をしようとする場合、このようなことは多い。

それで、希望のものがない場合どうするかが問題になる。

また、それが勉強にもなる。

だから、実践が大切と言える。

7315_m.jpg


マザーボードは上の写真にあるGIGABYTEB75M-D3Hで、5,000円ぐらいだっただろうか。

CPUはCERERON、2.6GHz、2MBytes Casheで、これも5,000円ぐらい。

RAMは4GBytesだが、2GBytesでも十分。

ハードディスクは、音楽データをたくさん保存するので3Tを使った。

電源は420Wだが、W数としては十分すぎるが、それより質の良いもの、静かなものを選ぶべきである。

あとは、DVDドライブとケースだ。

ケースはオーディオらしい格好のものを選んだ。

以上、部品としては、今回の音楽用PC(サーバー)としては十分過ぎる。

余裕のあることは、静粛性にも貢献するのでよいことだが、あとは予算との相談。

■OS

OSは、もう何回も紹介しているが、最終的にUbuntu Studio 13.04というLinuxで、Windowsのような画面(LinuxではX-Windowと言う)を備えていて、マウス操作ができる。

マウス操作ができると言っても、Linuxでは、Windows以前にあったDOSのようにコマンド入力(CUI)は必須である。

そのために、viというエディターの操作に慣れておく必要がある。

case2.jpg






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2013年06月22日

音楽用PCとして、なぜLinuxがよいのか?

nikkeiLinux5.jpg重ねて言うことだが、Windowsを使えばいとも簡単にTEACのUD-501というDACを使うことができる。

最近、PCによる音楽再生への関心が高まってきたとは言え、Linuxを使った文献は少ないのだろうと思う。

今回、音楽再生用としてLinuxを使った参考文献は、日経 Linux (リナックス) 2013年 05月号だけである。

自ら手を汚さない人は本当のことがわからないの意味は
自分の手を労働、作業で汚しながら、何度も失敗を重ね、そこから学んでいくことこそが大事
とブログDESIGN IT! w/LOVEの方も言ってみえることである。

「自分から悪いことをする」と言う意味ではない。

誤った解釈が広まっていることへの警鐘は古雛の家の作者が語ってみえる。

学校の教師にあっては、当然のことながら正しい知識を身につける必要がある。
何と言っても「学校の教師」という、いい意味でのプライドが大切。

「完璧」を「完壁」と教えていた、恥ずかしいような知識を持ってはいけない(レベルが想像されてしまう)。

だから「調べる」ことは大切。

■音楽再生用としてLinuxがよい理由

1.音声ドライバーの質が良い

これは、大きな要素である。具体的にはALSAというドライバーです。

2.OSが安定している

今回使用したLinuxはUbuntu Studio 13.04 64bt版です。
ここからダウンロードして使いました。
ファイルはイメージなので、ダウンロード後、書き込みできるDVDにイメージの焼付けをして、インストールディスクを作ります。
Linuxの安定性には定評があり、Windowsでしばしば起こる変なことはありません。
私もかつて自宅用サーバーを作って、1年以上稼働させていましたが、何の問題もありませんでした。
「困ったときはMicrosoftもLinuxを」という話を聞いたことがあります。

3.マシンパワーをあまり必要としない

Linux全体について言えることですが、Windowsでは動かすのがどうもというPCでも動きます。
今回は、雑誌を参考にしたところ、Atom(マザーボードとCPUが一体となった小型のシステム)での製作記事でしたので、始めはそっくり真似しようと思っていました。
製作記事によると24,000円でできたとありました。
部品を買いに行ったところ、今やAtomは非力なのでWindows用として買う人がいないらしく、売っていませんでした。
それで、CPUはCereronを使いました。これでも、今回の用途にはあり余るスペックです。

4.Linuxはオープンソースである

オープンサーソースとはコードまで公開されているということです。
これは中身がいじりやすいということです。

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第一の理由は「音がいい」との評判に惹かれたと言ってよいでしょう。

それに、ただ機械をつなぐだけでなく、内部にまで立ち入って設定できることが、勉強になるということ、技術が身につくということです。

自ら手を汚さないと、勉強も身につかないと思ったわけです。

最近、寂しく思うのは、共同研究者がいないということです。

田舎にいた頃は、比較的近くから人が集まってきて共同研究ができました。

関心のある方は、ご連絡を頂きたいと思っています。





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2013年06月22日

音楽専用PC製作に関する知識

■音楽再生にPCを使う意味

音楽専用PCと言っても、先に紹介したように、PC自身にアンプが内蔵されていてスピーカーを鳴らすというものではない。

また、市販のPCには音声回路がついているので、その音声のOUTPUTから音声信号を取り出してアンプにつなぐというものでもない。

通常のPCから取り出す音声信号は、ただ音を出すというぐらいのもので、とてもHIFIと言えるものではない。

音楽専用PCとは、CDの音質をはるかに上回るような再生装置の一部として考えたものである。

具体的には、現状のCDの場合はそのデータを読み込んで、音の解像度を上げてアンプに送り込むわけである。

PCの行うことは、まずCDのデータを忠実に取り込むことである。

CDをCDプレーヤーで再生するのと、PCに取り込んでから再生するのではどちらが音質がいいかということだが、一旦、PCに取り込んだものを再生した方が音質はいいのではないかと思う。

その理由は、CDプレーヤーによる音楽再生は、CDからのデータの読み取りはかなり頻繁に読み取りエラーをしており、読み取りエラーの度に止まっていては事実上再生不可能になってしまう。

そこで、少々の読み取りエラーでは止まらないように、エラー補正を行なっている。
だから、CDに記録されたデータを必ずしも正確に読み取っているとは限らないからである。

PCもCD/DVDドライブからデータを読み込むが、通常はエラー補正を行なっていない。
Apple社のiTunesでもCDデータのリッピング(読み取り)はできるが、設定でオーディオCDの読み込み時にエラー訂正を使用するにチェックをはずすとエラー補正をしない。

音楽再生用として、PCも問題がないわけではない。
それは、PCがデジタルノイズの巣窟とも言えるものだからである。

そのため、音楽用PCとしてはノイズ対策に注意する必要がある。

PCそのものの対策も必要だが、できるだけオーディオシステムから放したほうがよいだろう。

PCからオーディオ装置への接続はUSBケーブルや光ケーブルを使えば、ノイズが乗ることはないだろう。

しかし、USBケーブルはあまり長くできないので、オーディオシステムから離すと言っても限界がある。

■ネットワークの知識

学校の先生にはIT機器関係に詳しくない人もいるだろう。

そういう人のために、基本中の基本を確認しておきたいと思う。

今回私が製作した音楽専用のPCはLANに繋がれている。

しかし、これはローカルのLANである。

ローカルのLANとは家庭内とか、会社内とか、学校内のように範囲の限られたLANのことを言う。

ローカルに対してはグローバルのLANがある。

インターネットに繋ぐには、NIC(Network Information Center)と呼ばれる組織から正式にIPアドレスを取得しなければならない。

つまり、世界中に繋がっているコンピュータを区別するために、番号を振らなければならないのである。

しかし、会社内にある何台ものPCに番号を振るためにいちいちNICに申請するのは大変なので、一定の範囲の番号は私的使用、つまりローカルにプライベートアドレスとして使ってよいことになっている。

それは、「10.x.x.x」「172.16.x.x〜172.31.x.x」「192.168.x.x」の3つの領域に限られている。

下の図の拙宅のLANを見ると、PCに192.168.1.107などと番号が振ってあるのがプライベートアドレス(ローカルのLANのIPアドレス)である。

adress_kubun.jpg


ここで、世界中のインターネットと直接繋がっているのはルーターであり、ルーターがグローバルなIPを持っていて、これが拙宅のコンピュータ群を代表しているのである。

ということは、インターネットの世界から、ルーターを通して繋がっているPCを特定することはできないということである。

大きな会社では、電話も代表番号があり、その代表番号のもとに内線番号がいくつも存在する。

ルーターと社内の各PCとの関係も似たようなものと言える。

だから、1台ルーターで何台ものPCを使っていても、インターネット側から見たらIPアドレスはルーターのIPアドレスである。

■IPアドレスは時々変更になる

インターネット側からルーターに振られたグローバルIPは常に同じ番号とは限らない。

それは、通常、プロバイダーを通じてインターネット契約をすると、プロバイダーはDHCPという方法で接続する。

DHCPとは空いているIPアドレスを探して割り振る方法なので、IPアドレスは時々変更になるということである。

だから、IPアドレスで個人を特定できないと覚えておくことが大切である。

誰それが書き込んだということをIPアドレスで云々する人は、この辺の知識が足りない。

いかにもわかったように言うのは、知識がないのかハッタリのどちらかと言ってよい。





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2013年06月21日

音楽専用PCの完成

digi_hifi.jpg
音楽専用のPCがついに完成。

理論と実践で紆余曲折があった。

過日、マニュアル通りに行かない時が勉強になると言ったが、今回がまさにその通りだった。
だから、勉強になったことがたくさんあった。
苦労して覚えたことは忘れないような気がする。

音を出すだけならWindowsを使えば簡単だが、音楽専用のPCとは音のいいPCということなので、今回はそこが思案のしどころである。

音の良さということでは、Windowsは評判がよくない。
評判のいいのはLinuxである。

ということで、今回はLinuxを使いネットワークを使って他のPCからリモートで音楽を再生するというもの。

CDという媒体は縮小傾向で、これもCDより音質のよいハイレゾ再生が後押しをしている格好である。

CDはPCMというデジタル録音の媒体だが、16bit、44.1KHzというフォーマットになっている。
これが、24bit、192KHzというフォーマットの登場で、音質にうるさい人たちから指示されている。

デジタルカメラの画素数が多くなってきたのと同じような現象である。

高音質の録音データはネットから買うことになるが、国内でいち早く取り組んだのがONKYOである。

音楽をダウンロードして買うというのは携帯電話やスマートフォンで行われていたが、ベートーヴェンの第九をダウンロードで買うというようなことは行われていなかった。

CDが作られた時は、このベートーヴェンの第九が収まるということが条件だったようだが、CD一枚分のデータは650〜700Mバイトに及ぶ。

これは携帯やスマホの世界ではない。

前置きが長くなったが、次の図が拙宅のLANである。

pc-music.jpg


Windowsが4台、Macintosh1台、今回のLinuxを入れてLinuxが2台。

この内の今回製作したLinuxがTEACのUD-501というDAC(Digital Analog Converter)を経て、オーディオ装置に繋がれる。

音楽専用のLinuxには3T+1T=4Tのハードディスクが内蔵されていて、ここにCDからリッピングされたデータが収納される。

このデータはDACに内蔵された回路により、44.1KHzのデータが192KHzまでアップサンプリングされる。
この音を聴いてみると、非常に滑らかで耳障りのない音になる。

つまり、CDのデータをただ再生しているのではなく、音質を高めているということ。

ネットで検索すると、このようにアップサンプリングをしている人を見つけることができる。
人によっては、確かに聴きやすくなるが腑抜けな力のない音になるという人がいる。

私の試した所では、音質は非常に向上し、マイナスの面は感じられなかった。
設定をきちんとしないと、サンプリングした音をパソコンがもとから持っている回路で二重に経路を経ているのではないかと思う。

アップサンプリングした音を聴かせたら、CDの音が嫌いという人も感想が変わるのではないかと思う。

Linux_and_Audio.jpg


写真の右上のPCが音楽用のLinuxでUSBケーブルを経て左のTEAC UD-501に繋がっている。

写真の後方にWindows7があって、音楽用のLinuxの音楽タイトルを一覧でみることができる。
そして、好みのタイトルを選んで再生することができる。

kohou_pc.jpg


PC-music_MPD.jpg


さらに、この音楽タイトルの一覧はスマホやタブレットでも見られる。
もちろん、選んで再生することもできる。

使ってみると、音楽鑑賞のスタイルが将来変わってくるような気がする。
CDの棚から再生する音楽を選ぶことなく、スマホの画面から選べることは便利だ。
これからは、CDは押入れにしまっておいてもよい。

smaho.jpg


なおLinuxはUbuntu Studio 13.04 64bitを使った。





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2013年06月20日

自ら手を汚さない人は本当のことがわからない

何かをしようとする時、頼りになるのがマニュアル(説明書)である。

最近、コーヒーメーカーを買ったのだが、それがエスプレッソとかカプチーノができるメーカーである。

実は普通のコーヒーメーカーはあるのだが、店頭でのデモの試飲が美味かったので、つい買ってしまった。

このコーヒーメーカー、今までに使ったことのない格好をしていたので、不安な気持ちでマニュアルを読んだ。

エスプレッソもカプチーノも美味くできた。

一度できてしまえば、なんだこんな簡単なことかと思うのだが、途中で失敗するとダメージは大きい。

■マニュアル通りいかない場合

マニュアル通りいかない場合が問題だが、実はこういう経験をした場合の方が勉強になると言える。

電化製品を買って、マニュアル通りいかなかった経験はないが、パソコン関係ではマニュアル通りやっても先に進まないという経験は非常に多かった。

だから、俗にいうパソコンの達人とはマニュアル通りいかない場合に、どう対処できるかで決まると言ってよいのではないかと思う、

パソコンを組み立てる時、部品の組立は簡単であるが、問題は、果たしてスムースにWindowsがインストールできるか?

たまに、インストールがうまくいかない場合がある。
こういう時、どうするかである。

■実際に経験したことのある人の言葉が大切である

何でも知ったかぶりをして、口を出す人がいる。

口を出してもいいが、自身は本当に経験したことがあるかが問題である。

経験なしで、口だけというのを無責任というのではないか?

日常生活でも、調理、お茶を入れたことのある人、掃除、洗濯、・・・たくさんすることがある。

主婦の生活を調べたところ、ある人は肥満気味、ある人は健康上全く問題がなかった。

違いは日常生活での仕事の違いだった。

主婦に限らず、誰にも言えることだが、次第に仕事をしなくなる人が認知症予備軍になるのではないかと思う。

簡単なことでもやらなくなると、物事を行う上での苦労がわからない。
苦労するということは、そこで問題を解決するために頭を使うことになる。

生きることは問題解決の連続であるとは教育学事典に載っていたことである。

朝、目が覚めて、布団から出る時から問題解決は始まっている。

ただ食事が目の前に出てくるのを待っている。
次はお茶を待っている。

など、何もしなくなると問題解決の練習がなくなる。
運動しない体の筋肉が退化するように、新たな挑戦をしない頭は衰えるような気がする。

■わかったつもり

パソコンは、今やネットワークに参加していないものはないと言えよう。

各家庭にも1台ではなく、家族の人数分だけパソコンがあったりする。

そうすると、必然的に家庭内LANになる。

家庭内LANでも自分で構築してみれば、ネットワークの知識が高まる。

最近はルーターが存在するのが普通である。

ルーターから各パソコンに繋ぐにはどうしたらよいだろうか?

学校の先生なら自力でやってほしいものだ。

プロバイダーから来るアカウントやパスワードの設定は、そんなに難しいものではない。
それができれば、有線のネットワークは各パソコンに繋げばそれでOKだ。

なぜ、それだけで繋がるのか、自分でやってみた人はわかるだろう。
ルーターがサーバーにになって、DHCPという方法でルーターが自動的に空いているIPアドレスを各パソコンに設定するからだ。

ちなみに、私の家では固定IPにしてある。
それは、それなりの理由がある。

しかし、会社内や家庭内のLANはローカルアドレスであって、直接、インターネット網に出ていくことはない。

インターネット網に出ていくグローバルアドレスはルーターが代表している。

だから、ルーターに繋がっている各パソコンまで、インターネット網から特定することはできない。
今、誰がパソコンを使っているかまで調べることはできないのだ。

ブログなどで、コメントを禁止するためにIPアドレスでアクセスを止めれば防止できると思っている人は、ネットワークの知識が足りない。

それは、各ルーターに割り当てられているグローバルアドレスも、多くはDHCPで割り当てられているからだ。
DHCPは先に言ったように、サーバーが空いているIPアドレスを割り当てる方式なので、いつもIPアドレスが同じとは限らないからだ。

つまり、グローバルなIPアドレスは時々、自動的に変わるということだ。
こんなことは、各学校の情報主任ならご存知だろう。

仮に、一時的にIPで制限できても、少し知識のある人ならProxyを使うことを知っている。

と言うように、ネット時代と言われる今日において、実際にネットワークの構築に携わった人なら、ここまでの知識は常識と言えよう。

そして、うまくつながらない時の苦労が勉強になって、知識がしっかりと身についていると思うのである。

■何ごとも自ら泥をかぶる気持ちのない人、かぶったことのない人は無責任

仕事はマニュアルを読んだだけではできない。
ネットワークに限らず、自ら飛び込んでみて、経験しないとわからないことを習得して、本当の仕事ができるものと思う。

だから、公的資格もしくはそれに準ずるものの中には、試験に合格するだけでなく、定められた経験年数を消化しないと資格が認められないものもある。

ペーパードライバーでは許されないものがあるということだ。

chorou.jpgペーパードライバーより、よくないのは口三味線だろうか?

口先だけで「それではよろしく」と言うと逃げ出す輩である。

■年寄りの価値

人口の老齢化の話はよく出る。

年寄りは邪魔なのか?

そういうことではない。

老齢化の最大の問題は健康だろう。

それを除くと、年寄りの価値は何と言っても、経験豊富ということだろう。

日本も家中心の伝統が続いている所では、何ごとかあると、まず「お爺さんに聞け」だった。

お爺さんは一家の長老である。

とにかく、事を行うにあたってはペーパードライバーでしょうがない。
だから自ら手を汚す人が必要なのである。

頭の良い人は必要だが、それに長老の経験が加わって盤石なものになる。

だから、会社によっては健康であればいつまで勤めてもよいという会社もある。
そして、経験の豊富な人が会社を去っていくのはもったいないとして、若い人のサポートに向けている会社もある。

日本は長老の経験を生かしてこそ、次世代をリードする国になるのではないか?

手を汚す(てをよごす) 自分の身体で実際に体験し、その苦労を味わってものごとを行なう。





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posted by edlwiss at 18:48 | Comment(6) | TrackBack(0) | 教育研究

2013年06月19日

できることから始める

ロッテリアに入ってみた。

普段、行かない店だが空腹だったので、たまにはいいかと思って入った。

セットものを注文して、席につくと、向こう側で誰か話し合いをしているようだ。

特に関心があったわけではないが、変だと思うようになった。

会話にしては、相手の話が聞こえない。

そっと立ち上がって見ると、なんと、話している人の相手は誰もいないのである。

ちょっとびっくりした。そして、また、あのサイコを思い出した。

サラリーマン風の人だったが、この人も何かストレスがあったのかもしれない。

ブログも似たようなことがあるのかも知れない。

相手がいないのだけど、仮想の相手に向かって書いているという。

まあ、それでも、それが精神の安定になっているというなら、ブログも意味があると言えるのだろう。

■自分にできることから始める

果たして誰が読んでいるのだろうか?というブログを書いているより、世のため人のため自分は何ができるのだろうかと考えた時、自分にできることから始めるのがいいだろうと思う。

ubuntu_guide.jpgでは、何ができるか?

通訳はまだ無理だ。

でも、街のゴミを拾うことはできる。

特に義務があるとも思われないが、道路の清掃をしている人をみかけることがある。

どういうわけかお年寄りが多い。

そういうお年寄りを見ると、頭が下がる。

お年寄りは黙々と何も言わず清掃をしているが、その行いにメッセージがあると思う。

だいたい、誰も読みそうもないブログを偉そうに書いても、誰に任命されたわけでもない勝手将軍が、前には一人も兵隊がいないのに号令をかけているようなものだ。

今日では、そういうのもストレス発散になっているのかも知れない。

しかし、そういうのは、誰かの役に立っているというものではない。

それに比べると、黙々と道路を清掃しているお年寄りの方が、はるかに格上という感じがする。

船頭はそんなにいらない。

ゴミを拾う人が増えたほうがよい。

もっとも、捨てないことの方がもっと大事だろうが。

ゴミを拾う、ツバメの糞を片付ける。すぐにできることだ。毎日でもできる。

■XPの期限が迫ってきた

WindowsXPのマイクロソフトのサポートが来年の4月9日で終了することは、すでに多くの人が知っていると思うが、みなさんどう対処するのだろうか?

Windows8への入れ替えは現実的ではないだろう。

もちろん、サポートが終了すると言っても、WindowsXPが使えなくなるわけではない。

いや、XPどころか、Windows95が動いている会社もあった。

ネットに繋がなければいいということだ。

サポート終了後もネットにつないだままにすると、ウィルスの格好の餌食になる恐れがある。

踏み台にされて、犯罪の犯人と間違えられる恐れがある。
事実、そういう事件がありました。

来年の4月9日を過ぎたら、WindowsXPはネットに繋げないことが大切です。

本日、来宅のお客さんから「XPのパソコンをある家電店で、引取つてくれるかという話をしましたら、百円で引き取りますと言われました」との話がありました。

私がLinuxで音楽を再生しているのを見て「XPのパソコンにLinux、入りますか?」と言われたので「そりゃ入るでしょう」と返事をした。

というわけで、今度、WindowsXPで動いていたパソコンをLinuxで蘇らせる話しになった。

これも、できることから始めるのひとつだろう。

WindowsXPはLinuxで再び活躍してください。





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posted by edlwiss at 15:45 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2013年06月18日

メモ帳を使ったことありますか?

メモ帳とは紙のメモ帳ではなく、Windowsにあるアプリケーションです。

[スタート]→[すべてのプログラム]→[アクセサリ]→[メモ帳]でたどり着けます。

メモ帳はWindowsがはじめに市販された時からあります。

これは何のためにあるのでしょう?

以前、送信した文章が読めない(開けない)という話をしました。

それで、文章だけならテキスト形式で送ることを勧めました。

バージョンの話ではありません。テキスト形式にはバージョンはありません。
こんな時「バージョンが違うから読めない」なんて話をしていたら、笑われます。
そういう話ではないのです。

文字をモニター上でどう表現するかという課題に対して、テキスト形式という文字表現の方法が考えられました。
そして、テキスト形式はあらゆるOSにおいて共通に持っている方法です。

ですから、文字を送信する時、テキスト形式で送信すれば、相手がワープロを持っていなくても読める(開ける)のです。

もちろんLinuxにもあります。

Linuxの場合は伝統的にvi(ブイアイ)というエディターを使います。

初めて使った人は「どうしてこんなに使いにくいものが」と思うかも知れませんが、コンピュータ関係者にとっては非常に大切なものなのです。

failekeisiki.jpg■いろいろな形式を知る必要がある

文字表現において、テキスト形式は最も基本の形式です。

Wordや一太郎はそれぞれ独特の形式を持っています。

それはタイトルのあとにつけられる「拡張子」によって区別されています。

Wordならdocとかdocxであり、一太郎ならjtdなどです。

テキスト形式はtxtです。

Wordや一太郎はテキスト形式を読むことができます。

反対にWordや一太郎でテキスト形式で保存することもできます。

だから、相手がどんなワープロを持っているかわからない時は、テキスト形式で送りましょう。

文章ではない画像もいろいろな形式があることをご存知のかたは多いでしょう。

例えばjpgやgifは広く使われています。

他にもTIFFとかpngなどたくさんあり、それぞれ特徴があります。

問題は文章の時と同じように、自分は開くことができても相手が開けるとは限りません。

自分がワープロで、文章だけでなく図や写真が入っている時はPDFにして送るのがいいと思います。

PDF形式はAdobe Readerで開けるからです。

Adobe Readerがない場合はAdobe社からダウンロードできます。

フリーのOpenOfficeはMicrosoftOfficeと互換性がありますが、出力(書き出し)の時PDFで書き出すことができます。





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posted by edlwiss at 20:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報処理(IT)

2013年06月17日

自分にできること

私は最近、英語のクラブに入れてもらったと言いました。

その英語クラブに、昨日、外部から通訳の依頼がありました。

たくさんの通訳が必要だそうですが、残念ながら私は戦力になりません。

だから、お力になれないのが残念です。

他のことができたとしても、外人の中に入って仕事をするには、英語ぐらいはできないとと思っています。

一流企業を退職した人、大学で先生をやっていた人たちは、ペラペラです。

数カ国語ができる人もいます。

国際試合の審判員をやっている人などは、英語ができて当たり前です。

行くたびに、レベルの高い人たちだなあと感じます。

だから、自分が恥ずかしくなります。

みなさん、話し方も穏やかだし、謙虚です。

少し何かできると、プライドが高く見せつけたがりの人がいますが、やはり、少しだけできる人ではなく、よくできる人は穏やかなんだと感じました。

今日は5カ国以上を回ってきた人の報告がありました。

ここでの会話は基本的に英語となっていますが、今日の報告については、少しはわかりました。

しかし、最近話題になった乳がんの話についての聞き取りは、あまりわかりませんでした。

とにかく、英語ができないと、自分には何もできないような感じに包まれています。

学問に王道なしですから、すこしずつでも毎日やるしかありません。





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2013年06月16日

精神疾患による休職者の増加

ここのところ、連日のセミナーで疲れ気味です。

セミナーでは、ストレスを抱える先生の増加が多くなっているとの話がありました。

原因は、想像もつきますが、学習指導、子どもとのかかわり、保護者対応、私生活とのバランスです。

警察庁生活安全局生活安全企画課の平成22年度の統計では、教員の自殺者が146人

また、正式採用前に退職していく新規採用教員が増えており、その数は平成22年度では平成14年度の3倍に達しているとのことです(公立学校:文部科学省調査)。

精神疾患による病気休職者は平成7年度が3,644名に対し、平成22年度では8,660名で、そのうち精神疾患数は平成7年度が1,240名に対し、平成22年度では5,407名に達しています(文部科学省調査)。

実に精神疾患は4.4倍で、病気休職者数の6割は精神疾患です。

これらは実数ですが、予備軍もかなりいるのではないかと想像します。

問題は現場にいて、ストレスから精神疾患状態の先生が正常な判断をできないことです。

その被害は、当然子どもに及びます。

セミナーが終わり、帰宅する途中繁華街で騒然とした空気に包まれました。

消防車が出動したので火事かと思ったら、パトカーも出て街中がまるで非常線という状態になりました。

近くの人に聞いても、何だかわからないと言いました。

やがて、テレビ局もやってきました。

私は、あまり現場にとどまらず帰宅しましたが、ニュースを見ると、あるビルから「火炎瓶を持った男が乱入した」との連絡があって、警察や消防が緊急出動したとわかりました。

警察によると、現場に急行したもののそういった事実はなく、通報者を威力業務妨害の疑いで調べているとのことでした。

ストレスで頭が変になった者が、警察に電話したのかも知れません。

それにしても、ずいぶん広範囲に渡りパトカーや消防車が出動し大変な迷惑でした。

hizyojitai1.jpg


hizyojitai2.jpg






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2013年06月15日

感動は元気の源

■今年も睡蓮の花が咲きました

suiren2013.jpg


朝、ベランダをのぞくと、睡蓮の花が元気に咲いていました。

今年も見られて、とても幸福な気持ちになりました。

年をとるに連れ、花の美しさに惹かれるようになってきたような気がします。

睡蓮にありがとうと言いたいです。

私が子どものころ、伯父が庭に花をいっぱい咲かせていた気持ちがわかるようです。

伯父は厳しい人で、近寄りがたいところのある人でしたが、心は優しい人だったんだなという気がします。

花の世話をこまめにする人でしたが、ある日、自分が咲かせた白い花を家中のあちこちに飾っていました。

翌日、伯父は交通事故に遭って亡くなってしまいました。

父親のいなかった私にとって、伯父は父親代わりでしたから、とてもショックを受けました。

怖くて近寄りがたいところのあった伯父でしたが、帰らぬ人という実感が日に日に増すと涙が止まりませんでした。
大勢の人がうちにやって来ていましたが、あれくらい人前でも恥ずかしさを忘れて泣いたことはなかったと思います。

伯父の生存中は、愛情を意識することはそれほどなかったような気がしますが、亡くなってみて、自分にとってどれほど大切な人なのかわかったんだと思います。

■感動は奇跡を呼ぶ

メイク・ア・ウィッシュという団体がありますが、この団体は治療法が未確立で、治療が難しい難病にかかった子どもたちの夢を叶えようと援助する団体です。

いつ死を迎えるかわからない子どもたちの夢を叶えようと、努力している団体ですが、詳細はフリー百科事典「ウィキペデイア」・メイク・ア・ウィッシュに載っています。

難病(白血病)のため、危篤状態を繰り返し、指一本すら、痛みのため動かせない少年はF1にあこがれていました。

彼は元気になったらF1関係の仕事をしたいと思っていたのです。

この夢を叶えるべくメイク・ア・ウィッシュはホンダと交渉した。

ホンダは病院の庭へ、急遽F1を運ぶ決定をした。

病院の庭へF1が運ばれた時、少年の感動はどんなに大きかったのか想像もつかないほどです。
指一本すら動かすことが苦痛だった少年は、自らF1に触ったと言います。

目を輝かして、ホンダの人に車の各部について質問したと言います。

彼は

「僕、病気になってよかった」

と言ったそうです。

少年は数日後、亡くなったそうです。

人はパンのみにて生くるにあらずという言葉があります。

感動も人を元気にさせる源であると思います。





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2013年06月12日

音楽専用PC第一段階

音楽専用PCをLinuxで作る計画、第一段階に達したという感じです。

これが完成したLinuxのPCです。

linux_music.jpg


当初はAtomで作る計画でしたが、Atomはあまり売っていないんですね。
それは、今のWindowsを動かすには少し力不足で、大多数がWindowsの世界にあって売れないということです。

そこで、CPUはCeleronの2.6GHzに4GのRAMです。

Linuxを動かすには、十分過ぎるスペックです。

次の写真がTEACのDAC、UD-501を介して日頃使っているオーディオにつないだ写真です。
右の方に白いケーブルが見えますが、これがLinuxのPCからDAC(UD-501)に接続しているケーブルです。
短いUSBケーブルしかなかったので、一応つないだという格好です。

linux_music_2.jpg


いつも使っているWindowsのPCからLANを経由してLinuxのSAMBAというソフトを介して、Linux内にあるハードディスクのMusicというフォルダーに繋がっています。

つまり、Windowsから音楽データが送れるわけです。

今までCDよりリッピングした音楽データをLinuxのMusicに書き込んでみました。

見事、音楽が再生されました。

DACのUD-501には「アップコンバート」という機能があります。
これは、CDから取り込んだデータはサンプリングレートが44.1KHzですが、これを192KHzにサンプリングし直す機能です。

これを使ってみたところ、すごく効果がありました。

CDの音が嫌いでレコードへ流れる人もいるようですが、この機能を使うとなんとなくガサガサがつきまとうようなCDの音源がすっきりします。
耳につく音がすっかり消えてしまうという感じです。
そのせいで、空間が広がって透明感が出た感じになります。

音にうるささがなくなり、聴き疲れのない音になりました。

まずは、第一段階としてPC〜ネットワークオーディオが成功したと言ってよいのではないでしょうか。





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posted by edlwiss at 20:39 | Comment(7) | TrackBack(0) | 情報処理(IT)

2013年06月11日

OSはWindowsだけではない

ご存知の人も多いと思うが、OSはWindowsだけではない。

だから、パソコンの指導でWindowsばかりを中心としてコンピュータの指導を行なっていくことは、コンピュータの全体像をつかめないおそれがある。

民生用で、Windows以外のOSとしてはMac-OSとLinuxを挙げることができるが、Mac-OSは実質Linuxである。

結論として、もっとLinuxを使うよう推進すべきだと思う。

Linuxの素晴らしさについては、フリー百科事典「ウィキペディア」のLinuxを参照していただくこととして、このすばらしいOSが無償で使えるということは学習者にとって非常にありがたいことである。

さらに、Windowsとそれに伴うアプリケーションが年々、マシンパワーを要求し、そのためにパソコンの買い換えを余儀なくされていることを考えると、古いパソコンでも快適に動くLinuxは価値が高いと言える。

「Windowsばかり」といっているのに「Linuxを」をと言うのは、Linuxに偏るのではという意見も考えられるが、Linuxに習熟することはコンピュータの全体像を知ることになり、偏った知識に陥ることはないと言える。

むしろ「Windows=コンピュータ」と知識が定着してしまう方が、偏った知識を植え付けると言えよう。

大阪の中学校がリースが終わったパソコンにLinuxを導入したというのは、誠に賢明な決断と言えると思う。

問題はLinuxの指導者がどのくらいいるかということだろう。

■学校の先生はLinuxを指導できるようにしよう

格闘技のにわか指導者は、危険性の面で、私は賛成できない。

しかし、Linuxはこれから学ぶでもよいと思う。

廃棄候補のパソコンにLinuxをインストールして試してみよう。

Linuxに関する書籍はたくさんあり、それらで勉強することもいいと思うが、できれば月刊誌の日経 Linux (リナックス) を1年間ぐらい購読することをおすすめする。

始めは何だかわからない記事があっても、初心者向けの内容はあるので、1年間購読すると全体像がわかってくるようになると思う。

昔は、読み、書き、そろばんと言われたが、現代は英語、経済学、コンピュータである。
先生になったから、人の上に立ったと錯覚せず、Linuxを契機にしてこれからコンピュータを学ぶということは、初学者の気持ちを理解する上でも役に立つと思う。

そして、大阪の中学校がLinuxの指導者を求めているように、今から勉強してLinuxの指導者としての要請に応えられる人材になることは、自分の付加価値を高めることになるのではないかと思う。

誰が読んでいるのかわからない記事を書くより、子どもの気持ちになって勉強を始めよう。

初心忘るべからず。

決意することが大切であり、今から遅いという年齢はないと思う。

■Linuxの世界は宝の山

コンピュータの世界は、もともと無償で提供しようという気風がある。

それは、有償にすると学問の進歩を妨げるという考えからだ。

Linuxで動く無償のアプリケーションは膨大で、何でも手に入ると言ってもよいぐらいである。

例えば、最近はデジタルカメラを使う人が多いので、写真の修正をすることが多いと思うが、有名なソフトとしてAdobe Photshopがある。
Adobe Photshopは10万円以上するソフトであるが、これと遜色ない処理ができる無償のソフトとしてGimp(ギンプ)がある。

GimpはLinux版があるが、Windows版もあるので、興味のある人はここからダウンロードしてみてください。
単行本の解説書も発売されています。

Linux関係のソフトの多くが無償であるにもかかわらず、年々進化しています。
Wine(ワイン)というソフトはLinux上でWindowsのソフトも動かしてしまおうと言うものです。
まだ動くソフトは限られていますが、この先、多くのWindowsのソフトが動くことになると期待されます。





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2013年06月11日

ネット時代の到来を実感

何を今頃と思う人もいるでしょうが、改めて、ネット時代の勢いを感じることになったということです。

case.jpgそれは、CDの減少です。

そんなことはないだろうと思う人がいるかも知れません。

CDはデータの保存に使われますが、音楽での利用は大きな位置を占めてきました。

私は毎年、高級オーディオショーを見学に行っていますが、CDの音質に不満を持つ人が大きくなったせいか、CDのフォーマット規格(16bit、44.1KHz)を上回るg規格が大きく浮上してきました。

これまでも、DVDのメディアを使ってCDの規格を上回るSACDプレーヤーが販売されてきましたが、円盤という形で商品化するのではなく、ネットを使った配信これからの主流になってくる感じになってきました。

音楽データはネットから配信するわけです。

それも、24bit、192KHzという、ハイレゾと呼ばれる規格がメインです。

ここに絡んでくるのがパソコンで、パソコンに音楽データを蓄積し、そのデータをDAC(Digital Analog Converter)を使ってアンプに接続するわけです。

そうすると、音質の良いパソコン、音質の良いDACが必要となります。

そこで、私は実験も兼ねて、音楽専用のパソコンを作ることにしました。

case2.jpg


この写真がそのために作ったパソコンです。

OSは、多くの人がWindowsもしくはMacを使うのでしょうが、いろいろ調べた結果Linuxの音声ドライバーが優秀であるということがわかりましたので、私はLinuxを使うことにしました。

ただ、Linuxを使うということは、ソフトウエアの設定等はかなりめんどうです。
しかし、あえて、面倒さを克服して音楽用に適したパソコンの製作に取り組みました。

DACはメーカー品を使うことになりますが、いろいろ検討した結果、TEACのUD-501を使うことにしました。

ud-501.jpg


今持っているCDもパソコンのハードディスクに収納し、再生はディスプレイのメニューから選んで行うことなって行きます。

また、この音楽専用のパソコンもネットワークに繋がっていますから、他のWindowsパソコンからコントロールできることにもなります。

音楽の再生分野から、ネット時代の進化を享受してみたいと思います。





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posted by edlwiss at 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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