2008年07月15日

ニュースを疑え

nyusuwoutagae.jpg私たち国民は、国家が戦争で多くの人の命を犠牲にしたことを忘れてはいけない。
特に「大本営発表」の教訓を忘れてはいけない。

すでに「大本営発表」とは何のことかわからない世代も多くなった感もある。
でも、青春時代を全部、国家の戦争のために犠牲にした多くの人々の残した教訓を風化させないためにも、改めて「国家とは何か」を考えてみることが必要だ。

最近、報道される不祥事の数々に驚く人は多いと思うが、それらの報道は必要悪として報道されているのではないかという疑念を持って見る必要がある。

大分県の教育汚職にしても、もしかしたら、これは力のバランスの上でのスケープゴートかも知れない。
大分県をスケープゴートにすることで、大分県だけが呆れたことをやっているのだですましてはいけない。

連日、このニュースは報道されるが、今日のNHKでは「他の県はどうなのか調査してもらいたいものです」とアナウンサーが話していた。
それはそうなのだが、一番大切なのはどんな方法で調べるのかということだ。

もし、各県の教育委員会宛へ、不正はなかったか調査して報告するようにとの指示があったとしたら、それは国民を馬鹿にしている証拠と考えてよいと思う。

泥棒を捕まえて「盗みをしなかったか?」と聞くようなものだ。
「盗んでいません」と答えれば解放されるとわかっておれば、例え盗みをしても「盗みました」と正直に答える者がどれだけいるだろうか?

調査をすることでよしとするのではなく、納得のいく調査方法をとることである。
この際、現役の教師もつけとどけなどの工作をした人は名乗り出る勇気もほしい。

牛肉偽装問題で、社長の息子が「社長、正直に言ってください」と言っていたように、校長や教育長の息子など教育の人事に力を持つ人の子息は、親がそういうことをやっていたら、やはり「正直に名乗ってください」と言うべきだ。

不正を隠し続けて教壇に立つことは、子どもたちに対する偽装でしかない。
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posted by edlwiss at 22:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評
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