それより問題は、そういうやり方が悪い方法だという認識がないことである。
昇進や採用の権限を持つ者が、何か自分が偉い立場にあり、そういうことを左右できる権限を持っていると錯覚していることである。
これは、前にも述べたように、先生が子どもの評価をつけるときに、自分の感情で客観的な数値を無視して、手心を加えるという感覚に通ずるものがある。
困ったことに、この種の人たちは、それが世渡りだと思い、そのようなやり方でうまく泳ぐことが、上手な人生の生き方だと思っていることである。
だから、そういう人たちは、このような時水清ければ魚住まずと言う言葉を利用する。
そして、まじめな考えの人を敵視する。
しかし、最大の問題は、そうした不正を行って地位を得たにも関わらず、自分が偉くなったと錯覚するこどある。
だいたい、正々堂々と競争する路線を回避する人は、実力のない人であり、教育の仕事をまじめにやろうとしない人である。
つまり、最も教育の仕事に適さない人が上に立つことになる。
上に立つと言うことは、何らかの権力をもつことであり、つまらない人間ほどその権力を誇示してみたくなるから始末が悪い。
だから、教育現場は上からのバカバカしい命令によって翻弄されることになる。
情けない人間が上に立つと、まじめでないゴマスリばかりにひいきしようとする。
こういう構図は、子どもを担任する先生にも通ずる場合がある。
よく言われることだが「先生」という看板をもらっただけで、偉くなったと錯覚し、まるで国王であるがごとく振る舞う先生がいる。
こういう先生は、こびへつらう子どもをよしとする傾向がある。
先生と呼ばれるのにふさわしい力をもっていなければ、それは巷で騒がれている食品偽装と同じだ。
以上、教育に携わる側に対する批判を述べたが、不正の温床は教育を行う側だけではない。
同様に不正な手を使って、我が子の成績、評価に手心を加えてもらおうと考える保護者たちだ。
ひどい保護者にかかっては、まじめな教師に圧力をかけたりする。
だから、教育汚職に関わる問題は、教育をする側だけを責めているだけでは終わらない。
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