2011年03月18日

平凡な生活

家族3人と猫1匹が食卓を囲んでいる。
決して豊かではないが、幸せな一家である。

でも、この家族は普通の家族とはちょっと違っていた。
3人と1匹はそれぞれ数奇な運命をたどり、偶然寄り合ってできた家族だった。

母親代わりの女は、満州からの引き上げ者で夫とは生き別れで、すべて財産をなくして日本へ帰ってきた。
父親代わりの男は、戦争中憲兵だったが召集され、中国のソ連との国境近くで任務についていた。

女は両親がいない少年を連れてきた。
猫は土砂降りの日、橋の上で泣いていた子猫を女が拾ってきた。
かくして、不思議な家族ができた。

貧しかったが、男と女には急に子どもができて、生きる張り合いが出てきた。
知らない人が見たら、3人と1匹のごく平凡な家族に見えた。

男と女は、子どもを小学校に通わせるために、一生懸命働いた。
家の軒先のようなところを改造して、小さな店を始めた。
客を待っているだけでは稼ぎが少ないので、男は自転車で行商に出かけた。

家では、夜になると、女と少年と猫は男の帰りを待つというのが毎日の平凡な暮らしだった。
何もなかったが、男の帰りを待って小さな食卓を囲むことが、何よりも幸せなことだった。

その日は、男の帰りが遅かった。
いつもなら、いくら遅くても9時には帰ってくるはずの男が帰らなかった。
ちゃぶ台の上には、いつものようにみんなの茶碗が伏せて置いてある。

「じゃ、ご飯にしようか?」

女が言った。

男は行商の途中で、トラックに轢かれて亡くなっていた。
それは、もう何日も前のことだった。
葬式が終わり、みんなが帰り、女と少年と猫が残され、またいつもと同じ平凡な生活が始まると思っていた。

ningennokizuna.jpg
だが、食卓に伏せた普通よりやや大きな茶碗の主は現れない。
死というのは突然やってくる。
それでも、残された者にとっては納得がいかない。

「そんな馬鹿なことが」

女は男の死を受け入れることができない。
少年も、いつかまたいつもの生活が戻ってくるに違いないと思っていた。

過ぎてみれば、つかの間の幸福であった。

「神様はそんなひどいことをするはずがない」

でもこれが現実なのだ。

地震のニュースで、壊れた家、家族を探して歩き回る人、体育館で無邪気な顔をした子ども見ると、昔の生活が蘇ってきて自然に涙が出てくる。

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posted by edlwiss at 21:45 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
 凄い話を聞かせていただけました。昔、私は似た話を幾つも聞かされた気がしています。色々な先生の顔が浮かんできています。ありがとうございます。

 その他にも、恐ろしい話をいろいろ聞かされていた私は子供心に、そんなはずはない、其処まで酷いはずはない、脅かしだろう、作り話だろうと思っていました。しかし、最近、地震のニュースや雇い止めの騒動を見聞きして、本当だったなのだ、と思っています。

 自衛隊の一兵卒の決死的活動と賞賛の様を見ていると、2-26事件は何故おきたのか、人身売買はどうだったのか、2-26事件の一兵卒はどうなったのか。勝った勝ったは嘘八百。坂の上の雲の重要人物はほとんど架空。嫌でもそんなことを思い出してしまいました。麻布一連隊の兵隊さんは父の幼馴染だったそうです。彼らはどうなったのかは私は見ていないので言えません。今回と同じ顔の無い人。でも、近衛師団と一連隊です。膨大な人数でした。私が我侭を言うと何時も聞かされていました。そうならないことを願って、私は日々若い先生と明るく遊んできました。

 これで私は良いのか、このまま棺おけで良いのか、今日の記事は私に迷いを生みました。ありがとうございます。今後とも宜しくお願いいたします。
Posted by tsuguo-kodera at 2011年03月19日 07:40
tsuguo-kodera さん、おはようございます。

いつも読んでいただいてありがとうございます。

とにかく、不思議な家族でした。
でも、とても心豊かに暮らしていたと思います。

今回の震災では、多くの方々が被害に遭われました。
ある日を境に、突如、今まで続いてきた暮らしがなくなるとは、なかなか実感が伴わないものだと思います。

突然、家族がなくなった方も不幸ですが、誰にも気にされず、亡くなったことさえ関心を持たれない人もいるのではないかと思います。

そんなことを考えていると、人生とは何か?
とさらに考えることが多くなります。
Posted by dolce at 2011年03月19日 08:38
 昔は戦死した長男のお嫁さんと次男坊が再婚する事例が私の周りにもたくさんいました。今では考えられないことでしょう。義理のお嫁さんと次男が再婚するのは家と財産を相続し守るため。そして次男坊も戦死すると、三男坊も否応なし。男の子が生まれないお嫁さんは2号さんに文句は言えません。家を守ることが最重要でした。この考え方は気がつかない我々の心にも潜んでいるのかもしれません。自衛官の決死の覚悟は素晴らしいですが、アニマルワールドの再来も恐ろしくなりました。神風特攻隊は志願兵だったことを思い出してしまいました。

 私の父は「貧乏が幸せ、お金が無いことが良い」と何時も言っていました。霞を食っていける人と教え子から揶揄されていました。事実、私の家は貧乏でした。給料日は店屋物でした。家に10円も無く、母は食材を買いに行けなかったからでした。薄給を持って帰ってくる父は、その日だけ英雄でした。

 今回の事故で日本人はまた貧乏になります。ざっくりとですが、失われた10年では甘く、戦後65年のおよそ半分の資産を喪失したように私は思っています。でも、そのほとんどは不用なもの。もういちど、やり直しも可能です。まずは、情報を開示し、隠し事の無い政治を望みたいものです。

 私は情報技術を高校で更に深く教えたいと思い始めました。情報リタラシーの向上を根幹にそえたいと考えています。管理人さんは情報技術活用の熟達者。この面からも感服しています。
Posted by tsuguo-kodera at 2011年03月19日 13:02
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