2011年03月23日

使わない歯車は錆びる

機械は使わないと、歯車は止まったままで錆びついたりする。
同様に、いくら立派な組織を作っても、その組織を使うことがなければ、組織は機能しないのはもちろんのこと、組織の存在自体が忘れ去られてしまう。

新学期になって、組織づくりは行ったが、活用されず組織票表が掲示されているだけに終わったことはないだろうか?

このところ、私は部活の運営に関わることを書いているが、これは部活動の運営について、研究報告をするように言われたことがあるので、その時のことを思い出して、また新たな何かを見つけたいと思っているからである。

また、部活動が研究の対象になると思ったのは、80〜90人ほどの部員を、中学校入学時から卒業まで追跡できるというメリットがあるからだ。

部は吹奏楽部なのだけれど、コンピュータのようにはいかない人という不確定要素の多い対象をいかに統率するかというノウハウを身につけたいと思った。

「思うようにはならない」というのは、一般にやっかいなものというふうに捉えられやすいのかも知れないが、私はこの「思うようにならない」というところに魅力を感じている。

思うようにならないというところには、自立というものも感じるし、他人が何でも言う通りになるということ自体不自然に思う。

だから、時に私の考えに異議を唱える生徒には魅力を感じる。

中学校にはテスト週間というものがあって、テストの何日か前は部活動中止と決めているところが多いと思う。

期末テストの時は、一週間前から部活中止だった。
しかし、中間テストの時は3日前からだった。

ある日、私は部活の練習をするつもりで、音楽室へ行った。
すると、生徒たちは帰り支度をしていたので「今日は練習日なのにどうしたんだ」と言ったら、生徒は「テスト一週間前です」と言った。
生徒は、中間テストの時も一週間前から練習がないと勘違いしていたのだ。

間違いがわかった生徒たちは、いつも通り練習の準備を始めた。
しかし、どことなくやる気がしない気配も感じた。

準備の間、私が準備室で待っていると、一人、女生徒が入ってきた。

「先生、私は練習に反対です」

と言った。
それは、日頃はおとなしく、口数は少ない生徒だった。
成績は非常によい生徒で、練習が何日前であろうと、何の影響も受けないような生徒だった。

その生徒が、練習に反対と言ってきたのだ。
きまりから言えば、当然、私の練習をするという方に正当性がある。
そんなことは、彼女も知っているはずだ。

それに、自分の都合で言ってきたのではなく、他の者たちのために言ってきたということで、私は無視できない気持ちになった。

私は全員が集まっている前に行って「みんな、いつも帰宅してからどれぐらい勉強しているんだ」と聞いた。

そうしたら、いつもかなり遅くまで勉強しているのに驚いた。
私は練習をする気持ちが失せてきた。

「わかった。練習は止めよう」

と言うと

「やりましょう」

と言ったのは部長だった。
彼が一番遅くまで勉強していた。

彼は音大を目指していたので、楽器の練習があって、それから学校の勉強もするので遅くなるのだ。
部長がそう言ったせいか、空気は練習の方向だった。

しかし、私は中止することにした。
それは、生徒たちの健康が心配だったからである。

恥ずかしいことに、私は生徒たちがかなり無理な日課をこなしているということを知らなかった。
多分、彼女もそういう配慮で私のところへ言ってきたのだろうと思った。

教師だけがやる気で暴走しないためにも、生徒が意見を言いやすい空気を作っておくことは大切だと思った。

歯車が錆びるというのは、この話ではなく、前置きが長くなってしまった。

なるべく、生徒の自由時間を多くするためにも、効率のよい練習を考えねばならない。
一体、音楽の練習というのはどれくらいやったらいいのか、と考えると目標のレベルいかんにもよるが、時間はどうしても足りないと感じた。

あるヴァイオリニストがテレビで「一日、どれくらい練習されますか?」と聞かれていた。
そうしたら「12時間ですね」と答えた。
これは驚きである。

ちょうど手元に、ピアニスト、仲道郁代さんの著書があるが、大学生の頃は1日10時間練習したと書いてある。

12時間という練習時間はとてつもない時間で、アナウンサーは「そんなに練習するんですか?」と懐疑的に聞いた。
すると「私は楽器を持っていない時も、ヴァイオリンのことを考えているので、それらを合わせると12時間ぐらいになります」と答えた。

私はなるほどと思った。
何ごとも、練習時間というのは、そのことをどれくらい考えているのかということなのだと。

すると、たとえ1時間の練習と言っても、他のことを考えていたら、それは実質1時間にはならないわけだと思った。

それで、密度の高い練習を考えた。

吹奏楽部は、いくつかの楽器が集まって、音を出すのだが、いくつかの楽器がグループを作ってパート単位でアンサンブルをしている。
そして、パートにはそれぞれパートリーダーがいる。
パートリーダーをもっと活用しようと考えた。
パートリーダーに責任を持たせて、パート練習をさせるというものではない。

練習は早めに終わって、ミーティングの時間をとるのだが、全員への連絡時間のあと、パートごとのミーティングがある。
その時、パートリーダーはその日の練習の反省の司会をする。
パートリーダーは必ず、その日の連勝について何かを言うことにした。

そうすると、練習中にパートリーダーは音をよく聞いていなければ、何かを言う材料がなくなってしまう。

簡単に言えばこういうことなのだが、これで、パートリーダーは一層、リーダーとしての意識が高まったような気がした。

音楽的なことだけでなく、下級生に対して相談相手にもなってやる。
休みをもらいたいと思っている下級生は、ここで上級生に話して、上級生はそのサポートをするというようなことも、自然に行われるようになった。

全部を書くと大変な量になるので、この辺にするが、要するに係を作る以上は、必ず係が活躍する場面を考え、それが全体にうまく波及するように考えたということである。

生徒たちは、私の意図をよく理解してくれて、いろいろな面で主体的な活動がみられるようになった。

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posted by edlwiss at 22:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 メールアドレスを記入しないと、ペンディングになると理解しています。
このコメントは掲載希望ではありません。
このようにしています。
実は本日はお願いです。コメントは後日としてください。

 貴方の文章を基にプレゼン資料を創りたいと思っています。
決して中傷するためではありません。
勉強が嫌いの当校の生徒に教えたいのです。
貴方の損失はあり得ないはずです。
しかし、本来、得られるコピー収益はゼロです。

 いかがでしょうか。検討ください。
当面、メールは何時もの当方のアドレスでお願いします。
しばらく記事を基に教材を作り試します。
そして学校のOKを申請します。
その後、貴方もその教材にアクセスできるようにします。
その後、貴方のブログにて当校の情報の公開など可能になると想定しています。
少しずつ調整しつつ進めますのでご容赦を賜りたく。

以上
Posted by tsuguo-kodera at 2011年03月24日 08:10
tsuguo-kodera さん、おはようございます。

大した文章ではないですが、お役に立てるなら、ご自由につかっていただいて構いません。

ただ、なぐり書きなので、おかしいところもあるのではないかと思います。
その時は修正してください。
Posted by dolce at 2011年03月24日 10:47
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