2011年03月31日

教員は自覚を持って投稿しましょう

大臣は失言で辞職に追い込まれることがある。
学校の先生で、そういう状況になったということを聞いたことはないが、教員という立場上、言葉には気をつけるべきではないでしょうか。

先生は聖職かどうかという議論は別にしても、やはり、子どもたちの尊敬の的になってほしい。
それは、子どもにとっては人生の師として、良い先生と巡りあったという、後々の思い出となるようであって欲しいと言う意味においても。

私の中学生時代には、毎日、研究を続けられ博士号を授与された先生の思い出がある。
先生は口数の少ない人であった。
通知表のコメントに「努力すればまだ伸びる」とだけ書いてあったことを覚えている。

コメントとしては実に簡単なものである。
考えてみれば、当たり前のことである。しかし、私にはその言葉が重みとして残っている。
なぜ、そんな簡単な言葉が心に残るのだろうか?

私はずっと不思議に思っていた。そして、ずいぶん年を取ってわかった。
それは、言葉の重みというより、その先生の重みなのだ。

その先生が言われるから、先生の重みが言葉に移るのだと思った。
そして、その重みというのは、その先生に出会ってその先生と学び舎を同じくしたことで生じたことであり、それはかけがえのない出会いだったと思うのである。

その先生に「努力すればまだ伸びる」ということで、何か自分に希望を見出し、自信が持てたのだと思う。

3年生の時の先生は、中学校最後の通知表に、部活動を3年間続けたことがすばらしいと書いてくださった。
何ごとも三日坊主で終わる私に「そうだ、自分も続けられるんだ」という自信が湧いた。
それ以後、自分には途中で放棄せず続けられる力があると思うようになった。
私は先生には恵まれていたと思う。

今回の震災で過酷な境遇に陥った子どもも、ある先生の一言で元気が出るという先生がいて欲しいものだと思う。

ところで、ブログにもたくさんの先生が投稿しているようですが、ブログは仮名で投稿できるにしても、何となく「あ、あれは○○先生だ」とわかっていくものではないかと思う。
そういう意味では、先生は学校で会うだけでなく、下校後も影響があると思ってよい。

また、このネット時代は、それまでは知らなかった遠くの先生、日本の先生という範囲で、学校の先生が何を考えているかということが、広く一般にも知られることになる。

今日、先生は自分の校区だけでなく、日本中の人たちにその発言は影響する時代である。
先生のイメージが高まるかどうかは、ブログを持たない先生たちにも影響がある。

警察官が泥棒をして、国会でも取り上げられたことがある。
ある議員は「最近は、警官を見たら泥棒と思えと言うじゃないですか」と言っていた。
一人の行動が、警察官全体のイメージ低下になった。

私はことさら、他人のブログを見てあらさがしをするという趣味はないが、これはどうにも問題だと思うものがあって、我慢ができなかった。

「私は約束を守ります」とかいう教師を子どもは本能的に信じません。


これを読まれた方に感想を聞きたいと思う。

本当にそうなんですか?
どうして、そんなことがわかるのですか?
子どもに、そういう本能(的なもの)があるって、どうして知ったんですか?

などという疑問が湧いてきませんか?
それとも、あなたには、子どもの内面(能力)を知ることができる不思議な能力があるのですか?

こんなことを言っているから、学校の先生のイメージは悪くなると思うのです。
いや、私はこれは学校の先生ではなく、だれかが先生のフリをして投稿していると思いたい。
頭のくたびれてきた、どこかのプライドだけは高い爺さんが、好きなことを言っていると思いたい。

本当に「約束を守る」人間は「約束を守ります」などという宣言は軽々しく行いません。


これもひどいと思いますねえ。
「軽々しく」というのは、どうしてそう感じるのかわかりません。
そういう回数が多いというところから感じるのか、それとも別な人格からそう思うのか?

いずれにせよ、約束というのは未来のことです(未来に結果が出る)。
未来のことを約束できる人なんて、どこにもいません。

金融商品を扱っている人たち、例えば株の売買などを行う証券会社の人たちには、顧客に対して、将来未確定の商品をあたかも確定的であるかのように説明してはいけないという法律があります。

「この株は絶対値上がりします」

なんてことを言ってはいけないのです。

そんなことがわかれば、確実に大儲けができます。
未来を保証できる人なんていないわけです。

いや、占い師や霊能者はそう言うでしょう。

占い師や霊能者ならそういう言葉を使うことも許されるでしょう?

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そして、占い師や霊能者を信じる人は、そういう人について行けばいいわけです。
そういう人たちが集まって宗教ができるのでしょう。

でも、学校は宗教ではありません。
だから、学校(教育)に占い師や霊能者は要らないというのです。

約束が守れたかどうかは、未来にしかわかりません。
だから、何人も約束が守れるという保証はできません

なのに、人はどうして約束するのでしょう?

それは、約束することによって信用を得たいからではないでしょうか?

だから、それはある時は決意の表明であり、またある時は人を信用させて、騙すためでもあると思うのです。

「今度は絶対に優勝します」

というのは決意でしょう。
たとえ、優勝を約束しますと言っても、それは決意でしかないわけです。

子どもに限らず、他人の心(心理)がわかるなんてことを堂々と発言できる人は、占い師か霊能者です。
そして、そういう人を信じていけば、そこは宗教の世界のようなものではないでしょうか?

教育心理学では、例えば、5歳ぐらい子どもの場合は「動いている物は生きている」と言うそうです。
それは、学術的手法を用いて調査した結果です。これは、占いや霊能の世界ではありません。


まとめ


約束と信用の関係は、約束を守るか守らないかでしょう。
約束を守らない人は信用が低下するわけです。

また、約束するかしないかは、自信の度合いでしょう。
自信のある人は約束するし、自信のない人は約束をためらうでしょう。
約束しないほうが、約束を守らないと言われないわけですから、約束をあまりしない人は非難を恐れているのかも知れません。

いずれにしても、約束と人の関係はそんなに簡単なものではないでしょう。

もし、占い師、霊能者になりたくなかったら「私は・・・のような気がする」とか「・・・のように思う」ぐらいは付け加えましょう。
まあ、私には他人にはない超能力があると思わせたい人は別ですが。

気になる資料は以下です。

霊能力を扱っている学問的な領域を挙げるとすれば、超心理学がある。超心理学では、霊能力も含めて、様々な不可思議な現象を科学的に解明しようとした歴史がある。

現時点の科学では、そのメカニズムについては、はっきりしたことは分かっていない。

最近の医学者などからは「霊能力というのは、心因反応・感情障害・統合失調症・脳の器質的疾患・重度の神経症的病状を有するものが、いわゆる霊能者の"霊能力"と関係があるのではないか」指摘されることがある。それらの症状が霊能力者の言動などと類似することがあるためである。例えば、統合失調症の、幻聴、幻覚、妄想などの症状に似ている面もあるため、「いわゆる巷で言われる霊能者の霊能力ととりわけ関係が深いのではないか」「重度の心因反応・感情障害・統合失調症・脳の器質的疾患などがある場合がある」あるいは「霊能者とされる者には脳の共感覚がある」とする仮説を提示する者もいる。だが、その説もあくまで仮説や推測どまりであって、それによってたしかに一部の事例の説明がつくことはあるが、大規模で網羅的な調査が行われているわけでもなく、世に存在する霊能者とされている人々全体のことはよく分かっていない。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

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posted by edlwiss at 22:13 | Comment(3) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
教師の演技性が強いと最初は子供達は信じていることは間違いない。
しかし、日頃の行動などを見ているうちに、子供達がこの先生は中身がないと感じたとき
全てが口先だけのダメ人間と見えてしまう。
従って、日頃の態度が全てを決める、だだしダメ人間でも初対面で最初のうちはは子供は先生の言葉を
神様の言葉のように信じる。それで味を占めて、調子に乗る教師を何人も知っている。
そうでないのも当然いる。ただ若いうちから、子供相手にその初対面の効果ばかりが喜ばしく、自分の中身を磨かない教師が多いため、中身のない演技だけの先生というのが増える
傾向にあると考えられる。
Posted by 匿名 at 2011年04月01日 08:04
 今日も管理人さんの記事を堪能させていただきました。

 アメリカでは云々、と言うのはあまり私の性に合いません。私が読んだことのある本の冊数も十分ではありません。従って、書籍紹介は苦手です。しかし、管理人さんの論旨にピッタリの本がありました。ぜひ紹介させてください。皆さんも良くご存知でしょうが。

 和訳の本ですと「7つの習慣」です。ビジネスマン向けが長くベストセラーになっています。色々な会社で新人教育に使われてきたし、今も使われていると私は思っています。

 ビジネスマン向けがアメリカや世界でベストセラーとなり、著者の息子が小学生向けの本を書きました。5年ほど前に訪問したロスの公立小学校では、小学生向けの本で授業を行っていました。多くの小学校で同じ授業が為されていたようです。その日本語の翻訳本もありました。残念ながら今の状況は私は知りません。

 この本にはいろいろ実話が書かれていました。簡単にその内容を説明するのは難しいですが、「本の論旨の、日本における正しさは今日の記事が説明している」と私は認識できました。ありがとうございました。
Posted by tsuguo-kodera at 2011年04月01日 08:59
匿名さん。

>それで味を占めて、調子に乗る教師を何人も知っている。

よくないですね。
だから、先生の信用が低下するのでしょうか。
約束しても、守れないこともあるでしょうが、その努力の片鱗もないようでは困りますね。

Posted by dolce at 2011年04月03日 19:54
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