2011年10月10日

人にモノを教える者としての良心

私は音楽大学を卒業していないが、音楽の指導者(吹奏楽)として<
ある団体を指導している。

ある団体というのは、ここでは公的な団体と言っておこう。
メンバーはクラブ活動ではなく、本業として演奏活動を行なっている。

私がこの仕事にに就くにあたっては、履歴書を提出する必要があった。

しかし、音大を出ていない私がなぜこういう仕事をしているのかということだが、それは音大出身者の推薦があったからである。

今、私は自分のことを何か自慢したからこんな話をしているのではない。

資格を必要としない仕事には注意する必要がある

医者に医師の免許が必要なように、仕事には資格が必要なものと必要でないものがある。

私があえて言いたいのは、資格が必要な仕事に注意ではなく、資格を必要としない仕事に注意である。

理由は、資格が必要な仕事にはチェックがあるが、そうでない仕事にはチェックがないからである。

チェックが必要でない仕事はいい加減でもよいかというと、そんなことはない。
何でも資格を作ればいいというものではないが、影響を考えると、資格がなくても注意を要するものがある。

その一つが子どもにモノを教えるということである。

学校の教師は教職の資格と採用試験という関門があるが、塾の講師や家庭教師にはそれがない。
それでも、塾の講師や家庭教師を派遣する会社などでは、採用、不採用の関門があると言えなくもない。

しかし、個人経営の塾や個人の家庭教師となると、第三者が介入して審査するということがない。
だから、個人の塾や家庭教師は、もっぱら本人の良心に委ねるということになる。

自分の匂いは自分ではわからない

他人の家には、その家独特の匂いがある。それは独特の臭いであったりする。
それがよい匂い(臭い)だったらよいのだが、不快な匂い(臭い)の場合が問題である。

厄介なのは、自分の匂い(臭い)は自分ではわからないということである。
そして、他人は「嫌な匂い(臭い)がしますね」とは言ってくれない。

同様に、自分の力(指導力)も他人からみてもらわないとわからないものだ。
他人を見て、あれこれ批判をしたところで、自分はどうなのかわからない。
始末の悪いのは、自己顕示欲ばかり強くて、自分のことを自分で凄いと言っている人だ。

以前、プロになりたかったが、なれないのを知って、方向転換した人の話をしたことがある。
彼は、とても自己顕示欲の強い人だった。
だから、その方向転換がよくなかった。

プロの悪口を痛烈にするようになったのだ。
その姿はみっともないものだったが、誰も忠告してくれる人はいなかった。
楽器でプロになれなかった彼は、指揮者をやることにした。
指揮者をやると言っても、プロの指揮者ではない。
プロの指揮者にはなれないということは、彼自身がよく知っていたと思う。

では、なぜ指揮者をやることにしたかというと、指揮の良し悪しがわからない人が多いからである。
都合のいいことに、指揮者は楽器を演奏しなくてよい。

何か格好をつけていると、すごい指揮者なんだと思ってくれる人も多いのだろうと思う。
もちろん、プロをごまかすことはできない。

だから、彼はアマチュアを集めて楽団を作ることにした。
そして、その中で威張り放題だった。
何が本物かわからない連中の前で、俺は偉いのだと、まくしたてていた。
そんなに凄いのなら、指揮者コンクールに出て入賞することを考えたらいいのだが、その実力は本人がよくわかっているからできない。

私は、これと似たような、個人の学習塾経営者、家庭教師がいることを発見した。

指揮者になるのは簡単である。なりたいと思った時から「俺は指揮者だ」と宣言すればよい。資格も何も必要ない。
名指揮者、カルロス・クライバーは工業大学の出身者だ。彼は、世界有数のオーケストラを指揮して、大人気だった。

趣味の電気工作

何で、いきなり電気工作?と思う人がいるだろうが、少し我慢しておつきあいください。

私は子どもの頃から電気工作が好きだった。そういうものを作ることが好きだったわけだ。
電気回路そのものはわからなくても、実体配線図というものがあって、その絵のように作れば完成するので困ることはなかった。

そんな趣味にとりつかれていると、周りは電気の得意な人だと思うようだ。
しかし、そんなに理論がわかっているわけではなく、何回もやっているうちに「慣れ」になってくるだけである。

それでも、友達同士の話では、あたかも自分はわかっているかのように得意になって喋る。
今思うと、その得意になって喋った中身に、たくさん間違いがあったことに気づいているが、電気に興味のない者から見たら、それこそプロのように見えたかも知れない。

だから、扇風機が回らないとかラジオの調子が悪いとなると、きっと、あいつなら直せるだろうと思って持ってくる人もいた。

そんな時は、適当にカンを頼りに処したものだった。

電気工作の雑誌を買っていたが、途中にマンガがあった。
今でもよく覚えているものに、ラジオの修理方法をおもしろおかしく描いていたのがあった。
それは「空手チョップ法」というものであった。
これをわざわざ説明するまでもないと思うが、鳴らないラジオは叩いてみるというものである。
それで、ガガッと音を立てて鳴り出すラジオも実際にはあった。

こんなやり方は、言うまでもなくプロではないのであって。
本当に修理屋をやるなら、きちんと理論を学ばなくてはならない。

ともすると、個人の学習塾や家庭教師は似たようなことになりやすい。
指導に行き詰まったら、空手チョップ法かも知れない。

以前より下火となったとは言え、オーディオフアンはかなりいるようだ。
フアンにもピンからキリまであって、適当な自己満足をぶちまける人もいる。

オーディオは最終的には耳で聴くものだから、それが全ての結果であり、個人が満足するならそれでよいのだが、それでも、絶対に間違っていると言うことを堂々と述べている人もいる。

オーディオもスピーカーの規格に書いてある、インピーダンス、dB、Wなどやアンプのダンピングファクターなどがわかっていないのに、恥知らずの理屈をまくしたてるからおかしくなるのである。
スピーカーの規格に書いてあるW数が、スピーカーの消費電力と思っているなどは論外である。

こういうことは、教育にも言えるのであって「こうやったら、ああなった」という実践は大切だが、その下地には教育学や教育心理学が必要であり、自身その心得がないのに、基本が大切などと言っているのは笑い話である

ブログを作って、教育がなんだかんだと言っているくせに、質問・反論禁止、議論はしないということで、自分に都合のよい意見しか聞かない載せないというのは、原発のやらせ集会と同じではないでしょうか?

むしろ、質問や反論をクリアしてこそ本物と言えるのではないでしょうか?

本音を見抜く必要がある

私的に子どもを教えている人の本音が、どこにあるのか知る必要がある。

自分の生活のためか?

子どもを教えることが好きだからか?

地域に貢献したいからか?

自分が教師になれなかったために、現在の学校の悪口を言うように方向転換したのではみっともない。

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NHKの番組に、社会で活躍している人を先生として招いて授業をやってもらうというのがあった。
名古屋の河村市長は、同様に社会で活躍している人を、学校に招いて授業をやってもらおうというプランを考えている。

我こそはと思う、塾経営者や家庭教師は採用してもらえるようにしたらどうか。
そうでなくても、地元の学校の授業を時にやらせてもらったらどうか?
自信があるのなら、学校の教師の悪口を言っていないで、実際にやってみせて「さすが」と感じさせればよい。

採用試験も受からない。塾講師になったものの、クビになった。一人で家庭教師をやるしかない。それでも反省がない、では救われない。

本当に子どものためになってやりたいと思うのなら、無償で教えてもいいのではないか。

私は、学校の勉強に遅れて困っている、さりとて塾や家庭教師の費用は出せないという子どもがいるのなら、タダで面倒をみてもいいと思っている。

中学校で吹奏楽部を担当した時、入部した子どもの楽器を決める時はプロのオーケストラの人たちに来てもらって決めていた。
それは、素人の私が安易に決めてはいけないという良心だった。

自分の希望する楽器でなかった生徒がいたが、当初、彼は落胆していた、でも、その後、決められた楽器で練習するうちにみんなが驚くほど上達し、その後彼は音大に進み、今はプロで活躍している。

私は、彼が部活に在籍している時「これは、私が教えていてはダメだ」と思い、プロの先生を紹介してやったという経緯があった。

それは、天才数学者ガウスがどうして誕生したかということが書かれた「大数学者」という本を読んだことがあったからだ。

人にモノを教える立場にあるなら「オレが教えていていいのか」ということを絶えず考える必要があると思う。

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posted by edlwiss at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育問題
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