2012年03月17日

なぜ、教師は世間知らずと言われるのか

sekensirazu.jpg
ここで教師というのは、学校の教師のことだが、職種別に見てどうなのかは、客観的資料がないのでわからない。

それで、機会をみて、人に聞いてみると、同意する人は多い。
そして、必ずと言っていいほど言われる理由は「先生は、大学を出るとまだ見習いなのにもいきなり、先生、先生と呼ばれ続けるので、そうなるのでしょう」と言われる。

会社のサラリーマンでも、世間知らずはいると思うが、住む世界が違うと思うのは、企業か否かではないか。

企業は利益を上げ続けないと潰れてしまう。
これは、常に危機感を伴うということである。
対して、教員の世界にそういう危機感はない。

だから、私は教員が生ぬるい世界で呑気にしていると言うつもりはない。
だいたい、教員の世界に企業の倫理のようなものを持ち込むべきではないと思っている。

かつて、ある会合で会った校長は、自分の学校の先生たちのことを「部下」と言っていた。
話を聞いていると、どうもこの校長は職場を会社のイメージで考えているようだった。

自分を社長に見立てて、他を部長、課長、係長と当てはめてみても、それはただ肩書きだけのことであって、所詮、利益追求からなっている会社とは相容れないものである。

そんなに社長がやりたければ、会社員になればよかったのにと思うのだが、なぜこの校長は教員を選んだのだろう。

某一流企業は、大学生の就職希望の一位によくランキングされた。
それだけに、この企業は日本のトップの難関大学の卒業者が多い。

新入社員は、3ヶ月の研修がある。

会社がそのために作った研修所で鍛えられるわけである。

泊まりこみで鍛えられるわけであるが、毎年何人かが飛び降り自殺をすると聞いた。

たまたま、私はその企業の研修関係の人と会う機会があったので、そのことを聞いたみた。
そうしたら、その人はやや神妙な顔つきになって「うん、負けたことがないからではないかと思う」と言った。

わたしは、それで、本当なんだと思った。

「負けたことがない」

そう?

今まで、試験という試験は他人に勝ち抜いてきた。
最後の大学入試でも、トップの大学に入った。

一流企業にも入った。

「オレには、向かうところ敵なしだ」

と思ってきたのか。

それが、会社に入って研修で初めて敗北感を味わった。

それで、もろくも折れてしまった。

そういうことなんだろうか。

それだけ、企業というところは甘くないということなのだろう。

ここでのキーワードは敗北感だ。

教訓→人は敗北を通じて強くなる。

敗北は人そのものだけでなく、企業という組織そのものにもある。

非常に経営の堅い会社がある。
そういう会社の代表は無借金経営の会社だ。

儲かっているのに、給料も渋い。

社長に賃上げを言うと、昔、丸焼けになって全てがなくなったことがあると言う。
それで、会社は資産を蓄えておくことが大切だと言う。

長くなってしまったが「先生は世間知らず」と言われやすいのは「甘い」と感じられやすいからではないかと思う。

企業ではいやがおうにも、会社の浮沈をかけて勝負をしなければならないことがあるが、教員ではそういう経験がないということで、つい世の中を甘く見がちだからではないか。

教員の世界は教科書の世界でもあるから、教科書通りで考えやすいのだろう。

しかし、世の中、教科書通りに行けば万々歳である。

「そんなバカなことが」

ということが、実社会にはたくさんある。

大体、弁護士自身が著書で「正義か勝つとは限らない」と言っているし、実際、正義であっても負けたという経験をしてきている人は、たくさんいそうな気がする。

教科書だけで、すべて世間がわかったような気がする。
いや、そのように外からは見えるということで、先生は世間知らずと言われやすいのではないかという気がしてきた。

文書がまとまらないが、これは頭の中がまとまらない証拠でもある。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


posted by edlwiss at 00:24 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会時評
この記事へのコメント
 管理人様の今日の論旨に反対ではありません。総論も各論も賛成です。そして大学でも会社でも、敗北を人一倍味わった私。その私は非常勤講師の職が大好きです。敗北や失敗をするからです。
 失敗ほど楽しいことはありません。だって継続しないで済むからです。勉強と同じように、仕事は継続が苦しいのです。新しい業務が次々湧いてくるなら、仕事ほど面白いものはありません。しかし、上手く行き、合理化され、安定になり、システム化すると、継続ばかりになります。創造性は無用になり、ガレイ船の船長のような毎日になってきます。三十六計逃げるに如かず。そして逃げ足ばかり速い男になってしまったようです。
 若い先生に私は助言しています。ボクシングで言えば、ヒットアンドアウェイ。ラグビーで言えば、接近展開。バスケで言えば、オールプレス∩ゾーン。スポーツも教員も似ているような気がしています。良い手だと密かに納得しています。
 ひょっとして、会社の仕事もかもと最近考えています。でも、やり直しは利きません。残念です。
 管理人様の記事は私に自論の再確認をさせてくれています。今日もありがとうございます。
Posted by tsuguo-kodera at 2012年03月17日 08:29
「かつて、ある会合で会った校長は、自分の学校の先生たちのことを「部下」と言っていた。話を聞いていると、どうもこの校長は職場を会社のイメージで考えているようだった。」
 揚げ足を取るようなコメントですみませんが、上の文章について加えさせてください。貴方の論旨は全く正しいと会社経験者は考えていますが、用語に違和感がありました。
 まともな会社は一般的にも部員や所属員を部門長の部下と言っているでしょう。でも、優良、大企業の部門長と部下の関係は企業の管理職経験者でないと分かりにくいかも知れません。学校の先生が会社組織を参考にするときの一番誤り易い点かも知れません。
 部門長は、部門の所属員へのサービスマンかコンサルタントのように捉えています。むしろ下請けに近いイメージです。そう思えるように、会社は全社員を懸命に指導しています。管理職も重役もです。
 即ち、軍隊のピラミッド組織ではなく、むしろ逆ピラミッドのイメージです。部下の最大限の能力を発揮させるのが優秀な管理職者です。決してガレイ船の船長や軍隊の大隊長ではありません。
 2度もコメントして済みませんでした。

Posted by tsuguo-kodera at 2012年03月17日 13:34
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。