2012年10月07日

いじめ対策って何ですか?

なんとなく、日本全体が知能を使わなくなってきたような気がします。

大宅壮一氏が「一億総白痴化」と言ったことが、進んできたのかも知れない。

試験を突破するには点をとればいい。

無駄な努力を一切廃して、点を取ることに特化するのが効率的である。

こういう、試験を突破する技術にあけくれたため、人の思考がだんだん、そういう方向に歪められてきたように思える。

人間の価値はすべてテストの点だ。

人によっては、この点数の多い少ないで、人間を上等〜下等という品質の分類にしてしまっている人もいる。

テストの点が高い人間は質が高いのか?

人間の質って、一体、何だ?

そういう意識で、子どもに接するとしたら、その時点ですでに教育者とは言えないと思う。

■対症療法

体に吹き出物ができると、吹き出物に薬を塗って対処するのを対症療法という。

そこが、専門の医者となると、吹き出物の原因が体内の臓器に原因があるとつきとめて、それが胃であるなら、胃の治療を考える。

プロは現象を見て、その現象のもとを考える。

教師もプロの誇りを持っているなら、対症療法をやめよう。

いじめがあったら「君、いじめをやめなさい」と言ったことで、いじめ対策をしたなどと言うのは恥ずかしい。

自殺者が出たら、全校生徒を集めて「命の大切さを話した」などと言うのも、対症療法のうちだ。

それでどれだけの効果があるのか?

「今日、校長先生から命の大切さのお話を聞きました。これからは命を大切にしようと思いました」

kyouikumondai.jpgと、子どもの心が動くだろうか?

■心の問題でしょう

人は心があるから、起床してから寝るまで心が動いている。

人と人がいっしょに生活する時、そこに心の摩擦が起きる。

それが望ましいものであったり、そうでないものであったりする。

そもそも、教育というのは心を育てていくものではないか?

「学問は人を作るためにある」

これは、私がある受験参考書に書いてあったと、かつて紹介した。

つい、学問とは入試を突破するためにあると勘違いしないように、警告として書いてあったのだろう。

参考書の編集者の心を感じた。

いじめ問題がとりかえしのつかないほどに大きくなってしまった学校は、何を反省すべきだろう。

生活指導の不十分さか?

違いますね。

教育の目標に照らし合わせ、本当に教育の目標に向かって活動していたかどうかだろう。

学校には学校経営案があるだろう。

さらに、その下に学級経営案などがあるだろう。

学校の校訓は何ですか?

それらは、ただの文字として存在しているだけになっていないだろうか?


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posted by edlwiss at 23:54 | Comment(1) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 恐れ入谷の鬼子母神!これだけです。頭が下がります。
Posted by tsuguo-kodera at 2012年10月08日 08:11
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