2013年04月15日

教師の品格

高校時代の同窓会がありました。
同窓会と言っても、学年単位でしたので、同年会と言った方が適切かも知れません。

担任だった恩師は86才、お元気でした。
他界された先生もいましたが、他の先生も86才近辺。
一言ずつ挨拶をいただきました。

乾杯の前の挨拶は、本音として短くと思っていましたが、先生方はとてもお話が上手で、教養がにじみ出ていてその上ユーモアがありました。
知的でおもしろい話をされる先生方に、改めて尊敬の念を抱いたのと、恩師であったことを誇らしく思いました。

あのような話ができないといけないなあと思い。やはり、恩師からはまだ学んでいるんだと意識を持ちました。

86歳でもボケが感じられないのは、やはり、勉強好きで知的好奇心も高いからでしょう。
年をとっても立派です。そういう意味でも、恩師は手本です。

品格と言っても、どうしたら備わるかと考えても、とってつけるわけにはいきません。
俳優のように演技もできません。
品格はごまかしようがないのだと思います。

話変わって、強い印象が残っている女子ですが、もちろん美人の思い出もありますが、残念なことに、美人の彼女はかなり早く亡くなったので、物故者のリストに入っていました。
美人薄命の言葉を実感しました。

tensaino.jpg強く印象に残っている女子として、全国規模の実力テストで30万人以上の参加がありましたが、なんと10番以内に入ったK子さんがいました。
その頃は、クラスが違っていたのと、何か近づき難いという気がして、話をしたことがありません。

ようやくその時効が溶けて、ビールを持って行きました。
ようやく話ができました。
その話をすると、少しも得意な表情はなく「私は数学が好きでした。数学だけでしたよ」と話してくれました。
その時の担任は、特に褒め言葉もなく、机の上に記念の万年筆が置いてあっただけということでした。
何たることでしょう。
一言ぐらい褒め言葉があってもよさそうなものです。

藤原正彦・天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)に出てくる女性の数学者ソフィア・コワレフスカヤを思い出した。

天才かどうかはともかく、女性で数学が好きだという人に他で会ったことがない。
女性の数学の先生も知らないが、そういう話になったら、何処そこにいるという話は聞いた。

女性が読んでいたら、気を悪くするかも知れないが、どうしても女性は論理的な話には乗ってこないという気がするし、めんどうなことを納得させるには論理だと思うのだが、それが通用しないとの先入観がある。

そういうせいか、ソフィア・コワレフスカヤはパーティで男性からはモテたそうだ。

人は年をとるほど、自分の選択した人生、歩み方が顔つきにも現れるし、服を着るようにその人なりの外形を作ると言えるだろう。
だから、先生という仕事は、自身も勉強好きであり、年をとるに連れ知的な魅力が増すのが本来の姿ではないかと思う。

86才の素敵な恩師の姿は、今もなお私たち同級生の心の支えになっている。





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posted by edlwiss at 16:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究
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