2013年04月16日

教科書のタブレット化は失敗する

教科書をタブレット化(Padも含む)しようとする計画があるようだが、これには賛成できない。
私ごときがそんなことを言っても、どの程度の影響力があるかという話にもなるが、価値の無い意見と思うかどうかは読者にまかせます。

■紙に触れることは大切

紙を使うということは、紙を単に記録物として使うことのみが価値ではありません。
筆記具を使って、紙に書くことで経験する感触は大切なものと考えます。
本を扱うということも大切な経験です。

ロボットが進化していますが、このところ人間型ロボットの研究が盛んです。
それは、人間の姿にすることで、病院で使う場合癒しの効果があるとの報告がありますが、そのためだけの人間型ではありません。

震災の復旧で人間型ロボットの注目が高くなってきたと言えます。
それは、人が入れないようなところに入っていっていろいろな作業することを考えた時、機能の面で人間型ロボットが適しているという考えが出てきたわけです。
そういう意味では人体は偶然できてきたものではなく、進化によってあるべき姿になったものかも知れません。

人は本を手にすると、ページをめくりますが、これはロボットにとっては大変な難関でした。
人は指先のデリケートな感覚で、見ていなくても一枚二枚を判別する能力を持っています。
当たり前のようにやっているから、それが凄いことと感じにくいのかも知れません。

赤ん坊は日に日に成長する様子がよくわかります。
周りの物に好奇心を持ち、触ったり舐めたりして触覚とともに脳が発達していきます。
幼児には絵本を与えますが、それは紙の厚いページの少ないものです。
手先の感覚はあまり発達していないので、指先を使って薄い紙のページをめくることはできないのです。
しかし、毎日、訓練をして次第に高度な感覚を持つように成長していきます。
このように、本や紙に触れるということは、人の成長に大きな影響を与えているものと思います。

人類の歴史の中で紙が発明され、本が作られてきた経緯はただ便利な記録物ができたというだけではなく、人の成長に深く関係してきたものと思います。

■不安感

私はスマートフォン、タブレット、携帯電話すべて持っています。
こういう携帯端末の電話番号は4つあります。
それだけ持っているのは、単なる物好きではなく、いろいろ機能をためしてみて有効性を知るという意味があります。

それだけ携帯端末を持っていても、私は手帳は紙の手帳です。
理由はそれらデジタル端末の不安感です。
デジタル機器の頼りなさです。

いや、タブレットやPadを使ってもノートは使うからいいではないかと言う人がいるかも知れません。
しかし、書き込みやマークはどうしますかということになる。
いや、それも対応していると言う人がいるかも知れません。
確かに、マークしたり付箋をつけたりする機能もあります。
しかし、それは擬似的機能です。

それより、もっと大切なのは児童生徒に使わせる前に、教員自身が十分使ってみることです。
それも、一般に使われている方法でなく、学校で使う、あらゆる視点を想定して使ってみるべきです。

■保守管理の問題

バッテリーの問題はあるでしょうし、落下の問題もあるでしょう。
保管はどうするのでしょう?
教室で保管して、その都度使いますか?
その間に充電しますか?
学校に保管すると教科書は持ち帰れません。

まあ、実施してみたら様々な問題がわかるでしょうが、その間の実験台になる子どもがかわいそうに思います。
子どもは好奇心から喜ぶかも知れませんが、本当に定着するには、使用に飽きた頃からでなければ有効性はわからないと思います。

■教師の使用は有効

教師が教室にある大型テレビやスクリーンに、教材を提示する道具として使う意味はあると思います。
もちろん、世界的なレベルのデータペースに接続する(インターネット利用)で、即座に資料を提示したりすることは意味があると思います。

■使いたくて仕方がない人たちが問題

こういう新しいものの導入を考えた時、よく検討もしないで、ただ使いたいというだけの人の気持で進んでいくことです。
そして、研究校などが指定されると、往々にして、はじめから研究成果は成功というゴールが決められているという構図の懸念があります。

さらに、利権のみで動いている人たち。政府の要人に働きかけ過剰な接待や金銭の動きがともなって、刑事問題が発覚するという姿はこれまで嫌というほど見てきています。

国民の前にどれほど情報公開されるのかという疑いも払拭されません。
現行の教科書検定でさえ、検定教科書の公開は形骸化しています。

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私は新しいもの新しい技術には興味がありますが、ただ新しもの好きではありません。
有効性を検討し、使えるか使えないかの判断をするようにしています。

携帯端末をいろいろ持っていると言いましたが、電話は依然としてガラケイと呼ばれる携帯電話です。
理由はスマホ、タブレット、パッドどれも待ち受け時間こそ長くなったものの、仕事に使おうとすると急激にバッテリーは消費します。
こんなことで、学校で使えるのかという疑問を、ここでも持ちます。

ただ、紙の教科書を主にし、補助的に使うことに反対するものではありません。
検索などに活用範囲はあるでしょう。
それより、中学生から国の予算で全員にノートパソコンを配ってしまう方が、有効だと思っています。
タブレットは「見る」ということには有効ですが「仕事をする」には向いていません。
キーボードの入力機能があるパソコンの方が、活用範囲は広く、中学生ともなるとプログラミングに興味を持つ生徒も出てくるでしょう。
そうした時、生徒の期待に応えることのできる教師が必要です。

1000人いや1万人に一人でも、ビルゲイツのような人材が育つなら、日本復活に貢献するでしょう。
そのための、パソコン配布は意味のある投資だと思います。





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posted by edlwiss at 13:25 | Comment(6) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
「1000人いや1万人に一人でも、ビルゲイツのような人材が育つなら、日本復活に貢献するでしょう。」

 その通りでしょうが、もっと条件はゆるくても良いのかも。(マジ)
 イチロウ選手は16万人ほどいる高校球児の中の、10年に一人の選手かも。彼のお陰でアメリカで働いている従兄弟はカリフォルニアの大学先生の仕事が上手く行っているようです。
 将来、彼は有名大学の医学部のひとつの科を背負う先生になれるかも。今、彼の二人の息子はイチロージュニアと言われています。イチローのお陰で、彼の一家は町のアイドルです。彼は有名になれたようです。いわゆる息子の七光りかも。(笑)
 100万人に一人でも、ジョブスがゲイツが誕生する可能性があるなら、世界二位のスパコンでも、ノーベル賞は生まれなくても、仕方がないのかも。貧乏な島国になってしまった国ですから、と貧乏な年金生活者は考えています。
 今日もありがとうございました。
Posted by tsuguo-kodera at 2013年04月17日 19:26
>もっと条件はゆるくても良いのかも。

そうですね。
その年の全国の新中学生の中で、一人でもいいですね。
そうすると、100万人に一人ぐらいですかね。

Posted by dolce at 2013年04月17日 22:15
大学生です
教科書が重くて重くて大変苦労しています
是非タブレット化してほしいです
重すぎて持って帰れない教科書が出てきて結局学校に置きっぱなしになってしまうものがあり、不便です
Posted by   at 2013年05月18日 10:36
大学生は大人ですから、自分で考えて選択すればよいでしょう。

教科書は2冊買うというのも方法です。

2冊買って、学校と自宅に置けばよい。

3冊買えと指導してくれた人もいます。

Posted by dolce at 2013年05月18日 11:09
はじめまして、こんにちは。
先ほどニュースでタブレット教科書化を進める構想について流れていたので
早速検索してみたところ、貴殿ブログを目にしました。
私には5人の子供がいて、義務教育課程には3人が通っています。

私は教科書のタブレット化に大反対です。
構想を目論んでいる関連企業にすれば経済効果を真っ先に考えてるでしょうし、
もちろん建前は子供らの先進教育ですが、腹の内は儲けですね。

子供らにしてみると、紙ベースだからこそ養われる基本的な感性があると思いますし、
書いたり暗算したりと基礎的な部分は紙じゃないとできない部分があります。
それがタブレットになれば算数は電卓機能に頼るでしょうし、
漢字は見るだけで覚えれなくなるでしょうし、基礎的な学力が身に付かなくなると思います。
社会科では、祭りのことも載ってて、その音源も一緒に流れたりし臨場感を感じれるとニュースで言っていましたが、
祭りなどそういった地域文化はその場へ行ってこそ感じるものがありますし、
タブレットでそこまで見ちゃうと行ってみたいと思わなくなり、好奇心も失われると思います。

現代社会では家では既にPCに触れたり学年が進めば既にスマートフォンを持っていたりと、
そういう情報機器によっての交流にシフトしてしまっていて、
真の人と人との繋がりが失われていますし、居ながらにして対処しようという思いが地域での伝承文化までもだめにしてしまうと思います。
また、SNSなどによって他人が書いていることを目にすることによってプラスになることもあると思いますが、
同時にマイナスになることもたくさんあり、見なければ良かったと思うこともたくさんあります。
そしてそれが原因となっていじめに発展することも少なくないはずです。
大人でもSNSによって不快に感じたり見なければ良かったと思う記事もたくさんあるのに、
子供たちはそういうコントロールがまだできない年代ですし、
機器を与えることでそういった問題を更に助長させる部分もあると思います。

企業にとって儲けに繋がるメリットばかりを優先させるのではなく、
子供のことを考え、もっとデメリット部分も議論してほしいと思いますし、
どうにか議論の場に取り上げてほしいと思っています。
Posted by k at 2013年09月05日 18:16
kさん、はじめまして。

>子供らにしてみると、紙ベースだからこそ養われる基本的な感性があると思いますし、

まったくおっしゃる通りだと思います。
私も、近年「感性」を疎かにしている場面が多いと感じ、心を育てると言う意味で懸念を感じています。

私は紙の本とタブレットの画面では、感覚的にかなり違和感を感じます。
タブレットの画面は無機質と感じます。

幼児には紙の厚い絵本を与えますが、これがタブレットになったらと想像するとゾッとします。

同様に小学校の教科書でも同じことだと思います。

「紙その物が人に与える感触の大切さ」を感じない人がいるとしたら、その人は人間としてどこか欠陥があるのではと思います。

「タブレット化は子どもの心に悪い」ということで、私も折に触れて反対していきたいと思います。

>子供のことを考え、もっとデメリット部分も議論してほしいと思いますし、

おっしゃる通りです。

kさんが、私と同じ考えでコメントしていただいたことを心強く感じます。

今後ともよろしくお願いします。
Posted by dolce at 2013年09月05日 21:43
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