2013年04月23日

楽しくはいい加減ではない

数年前からDTM(DeskTop Music)を始めた。
DTMはDAW(Digital Audio Workstation)という用語も用いられるが、簡単に言えば、コンピュータによってデジタルで音声の録音、編集、ミキシングなど一連の作業ができるように構成された一体型のシステムのことを言う。
以下はコンピュータのモニター画面の一例である。

Sonar_s.jpg


これだけではよくわからないという人のために、実際に動いているもの示す。
イギリスの作曲家、ホルストの組曲「惑星」より"火星"を入力したものである。



今や、パソコンはあらゆる分野で使われ、音楽界では演奏者に代わって使われる部分も多くなってきた。
私の場合は、演奏に行く場合、伴奏者がいない場合、ピアノがない場合など、予めこのDAWを使って伴奏を作成し音響装置一式を持って行く。

DAWでどのくらいのことができるかというと、上の例で示したようにオーケストラの代わりができるほどのものである。
だから、近年、映画音楽のバックでは使われることが多くなってきた。

前回のブログ記事プログラム言語に学ぶ厳しさでは、PASCALというコンピュータ言語により、曖昧さを許さない厳しさを経験するということを述べた。
もともと、PASCALはプログラミングを厳しく学ぶための教育目的で作られたという経緯がある(PASCAL参照)。
だから、PASCALは教育の道具そのものとも言える。

ところで、音楽の演奏はどのくらいの厳しさが要求されるものだろうか?

音楽は時間とともに経過していくものであるから、時間の精度が問題になる。
どのくらいの精度かというと、例えば行進曲を1分間120のテンポで演奏すると、4分の2拍子の曲では4分音符の時間が0.5秒である。
一番短い音符が16分音符であるとすると、16分音符1個の時間は1秒間に8個であるから、1÷8=0.125秒ということになる。
この0.125秒がずれるということは、16分音符1個分がずれるということだから、大勢で演奏する場合は0.125秒より短い精度で演奏する感覚がないと、聴こえてくる音は何を演奏しているかわからなくなる。

だから、音楽の練習はかなり細かいことが要求されるということがわかる。
0.1秒ずれるということは、人にはかなり大きなズレと感じる。
DTM(DAW)のソフトでは、こういう要求に耐えられるために、4分音符がどれほど分割できるようになっているかというと、普通は4分音符を480分の1まで分割できるようになっている。
この4分音符をどれほど分割できるかという分解能をtick(ティック)という単位で表し、この場合は4分音符1個当たり480tickということになる(DTMの世界では4分音符が1拍と決められている)。

これは、例示している行進曲の演奏の場合、1秒間を960分の1まで分割できることになる。
これは、人間の検知できる感覚から言うと十分な値である。

最近では楽譜を買うと、伴奏CDが付いてくるものがある。いわゆるカラオケなのだが、これに合わせて演奏してみたところ、どうもテンポが不安定に感じられた。
そこで、DTMを使って伴奏を作りなおしたところ、非常に安定してスッキリした伴奏を作ることができた。
むしろ正確すぎて味がないという感じがするところもあったので、こういうところは10tick、20tickという風に音の出をずらして、味を出すようにした。

ポップスのような音楽ではテンポ(ビート)が正確でなければならない。
それでも、人間の感覚ではわからないぐらいずらした方が、味が出るというか人間臭さが出る。

DTMは演奏者の代わりをするようになってきたので、テレビを見ていても、足らないパートをDTMで代用している場面をよく見かける。

楽しい音楽は演奏も気楽な感じでいいかと思いがちかも知れないが、実は非常に正確にきちんと演奏しないと聴きばえのしないつまらないものになってしまう。

人に楽しんでもらうものは、きちんと作らなければいけないということは、音楽だけでなくあらゆることがそうだということに気づく。
料理、建築、農作物、その他の工業製品など、いい加減に作ったものでは快適な生活を送ることはできない。

子どもは初めて音楽を習う時、音楽は楽しいものだから、気ままに演奏してよいように思っているが、実は非常に細かい訓練を要求されることで、厳しさを感じ取っていく。

そして、正確にきちんと演奏することが、他人を楽しませることになるということを体感していく。

自分がルーズなことは他人対して不快になるとも言える。





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posted by edlwiss at 10:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 記事と無関係なコメント文で失礼します。
 今朝の朝刊地方面に、岡崎に徳川みらい学会が出来たとの記事がありました。家康由来の史跡や博物館めぐりの講演会もあるとのこと。時間と体力に余裕があれば、参加し、交流したい学会でした。でも、希望はなかなか実現できない歳になりました。少し残念です。
 今までネットで世界のニュースを見ることが多く、満足に新聞も読めていませんでした。この歳になり、自宅に居ることが増え、新聞の地方面も楽しめる時間ができました。
 欧州の教会では女性が発言できない時代があったのですね。記事から、比較的最近のように感じました。聖歌隊や発声法まで性差別の歴史があったとは知りませんでした。
 逆にこの島国は昔、性差別はあまり無かったのかもとも思えてきて、卑弥呼や天照や出雲のお国、聖武天皇、清少納言、紫式部などなど、また歴史全集や歴史書も読み直そうと思っています。
 忙中閑あり、では無く暇中閑あり、も悪くありません。根っからの怠け者だったのかも。
 無駄話で失礼しました。
Posted by tsuguo-kodera at 2013年04月24日 15:13
私がその徳川みらい学会を知らないのは恥ずかしいことです。
調べてみることにします。

好奇心、探究心がある限り、頭は衰えることはないとと思います。

小澤征爾氏は76〜77歳ぐらいだと思いますが、健康害して休養されていましたが、これから意欲満々で活躍されるようです。

tsuguo-koderaさんも、関心のあることに、ひたすら向かっていただきたいと思います。

怠け者なら、私は人に引けをとりません。
今になって深く反省しております。


Posted by dolce at 2013年04月25日 21:27
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