2013年05月18日

公理に反しないこと

数学の一番土台には公理があります。
その上に定理や公式があって、それらを守っている以上、どんなやり方や理論を展開してもいいわけです。

だから、数学をやっている人は、どんなに自由に振舞っていても、公理、定理、公式に反することはしません。
未だに誰も解き明かせない、リーマン予想も天才と言われた数学者たちが挑戦してきて、未だに解明されていません。

NHKスペシャル 魔性の難問 リーマン予想・天才たちの闘いでは150年にわたって挑戦してきた天才数学者たちがみなこの難題に立ち向かった結果、変になっているというところに魔性のようなものを感じだ。

天才数学者たちは、我こそはと挑戦して狂ったようになるが、それまで数学の歴史が作ってきた公理、定理、公式などを無視して自論を展開することはなかった。

ところが、教育学となるとどうだろうか?

教育学には公式はないが、教育学の歴史が作ってきた理論はある。
大学で教育学を学んだ人は、それらを知っているはずである。

しかし、学んだだけで、あるいは講義を受けただけで、現実の社会生活ではそれらを無視し、自分の勝手な理論や意味づけで通そうとしている人がいる。

まるで、自分の発する言葉が法律であると主張しているようにも見える。

数学で言えば、定理や公式を無視して数式をいじっているようなものである。

教育の場ではコミュニケーションをとるために、様々な言葉(用語)を用いる。

言葉の意味は、数学で言えば「三角形の内角の総和は180度である」というようなものである。

それを自分で変えてしまっては、何を証明しようとしてもムダである。

教育を語るには、正しい言葉の積み重ねで行わなければならない。

言葉を大切にしない人は、私は、先生ではないと思っている。
学究者でもない。
ただの無教養者である。

それでいて、プライドだけは高いのは、悪臭を常に放っている人のようである。
臭い人には近寄らないようにする。

よく勉強しいる人、博学な人ほど謙虚であり、変なプライドは持っていない気がする。

■数学を教養として学ぶべき

女性には理屈っぽい話は禁句と、伯母からもよく聞かされた。

デートの時は決して理屈を言うなと言われた。

そういう話をすると嫌われると言われた。

どういうわけか、女性には数学や物理を嫌う人が多いような気がする。

しかし、まれにそうでない女性に会うこともある。

物理専攻で大学院を出たある女性は、口数は少ないが、冷たい感じはしない。
話をすると、物静かで謙虚である。
話の筋もよく通るので、話しやすい。
彼女は在学中から、某企業から誘いがあった。
そして、その企業の研究部門の職に就いた。

最近、また珍しく、数学が好きだという中年の女性に会った。
フーリエ変換の話が出てきたのには驚いた。
気取ったところは少しもなく、さわやかな感じのする人だった。

数学が好きだという女性の方が、女性らしいかも。

ロシアの女性数学者ソフィア・コワレフスカヤは教養のある人たちの集まるパーティで、男たちによくモテたという。
話の筋が通って、話しやすいところが人気だったらしい。

ソフィアが12歳のとき、近所に住んでいた物理学の教授が光学に関する本を彼女に与えたところ、当時まだ三角関数を知らなかったソフィアは自力でそれを解釈しようとした。彼女は三角関数が数学の歴史において展開されてきたのと同じ方法でそれについて説明してみせたので、仰天した教授は彼女を「パスカルの再来」とまで呼び、家庭教師をつけて数学の研究を続けさせてやれと彼女の父に嘆願し、父も折れたという。
フリー百科事典「ウィキペディア」より

この話を読んでも、めったに現れない天才だろうということが想像できる。

文学部に数学が必要ないというのはおかしいと思う。

作文能力は「考える力」と言われるが、考える力とは論理的思考がもとでなければならない。
だから、教養として数学を学ぶのは必須と思う。

■朝顔につるべとられてもらい水

私が子どものころ、家に水道はなく、井戸から水汲みをして家の中にある水瓶に運ぶのが日課だった。

つるべではなく、手押しのポンプだったが、そんなころ知ったこの俳句がずっと印象に残った。

そのせいか、この俳句の作者加賀千代女の優しさを感じるとともに、毎日、水を運んだ井戸の情景が浮かんでくる。

この俳句の影響であろうか、エアコンの室外機にすずめが巣を作ってしまって、巣立ちまでとうとうエアコンを使わなかったことがある。

「すずめらにエアコンとられてうちわかな」

このような観賞の対象の俳句などは、数学とは関係ないように思える。
だが、五七五というリズムは数学と関係あるような気がする。

ポップス曲の演奏方法を習った時

「実は、こういう曲は、非常にきちんと演奏しないと楽しく聞こえないのです」

との、先生の言葉が残っている。

「きちんと演奏」とは、リズムやビートがしっかりしていることはもちろん、音符の長さが正確でなくてはならないということである。

楽しい音楽は、楽しく楽しくと演奏が崩れてしまっては、聞く方にとっては少しも楽しくないということなのだろう。

工業製品も、よく計算されきちんと作られているものは美しいように感じる。

■女の腐ったような男

女性から攻撃を受けそうな言葉だが、この言葉も、育ての親である伯母からよく聞いた。

「女の腐ったような男」になるなよと言われたり、誰それを指して「女の腐ったような男」とか、私が情けないような時「女の腐ったような男みたいだ」と言われたりした。

非常にたくさんの本を読んでいた伯母に育てられたことは、私にとっては実の親に育てられるより幸福なことだったと思う。

伯母の多読に反して、私は本を読まなかった。
読んでいたのは「鉄腕アトム」と「鉄人28号」で、例外的に読んでいた文字の多いものは、江戸川乱歩の「怪人二十面相」だった。

しかし、大学に行くようになってから、急に本に興味を持ち、時計を買う時には、まず「時計学」という本を読んで研究してからというように、生活が変わった。

急に本に親しみが湧くようになったのは、恐らく、伯母の影響ではないかと思うようになった。

だから、親の影響はいつか出てくるのではないかとも思っている。

「女の腐った奴」という言葉は、女性蔑視と言われてもしかたがないと思うが、イメージとしては「そんな男いるなあ」と思うことがあり、像が浮かぶ言葉としては、よく言ったものだと思う。

スケールが小さく、チマチマと人のアラ探しをし、プライトだけは高く「おれが言葉の意味を決める」と言う割には気が小さい。
橋下氏が従軍慰安婦発言で物議を醸し出しているが、彼ほどマスコミの前で発言できるような読経はないのに、コソコソと内弁慶のように動く男は腐っているのだろう。

自論を展開するのはいいが、土台となる言葉、理論に沿っていない考えは、価値がない。

「お前たちは、間違ったことを覚えていくと、将来、子どもたちに害を流す」
とは、大学の恩師の言葉。

価値の無い持論は押入れの中で叫んで、社会に害を流さないようにして欲しい。
月給をもらって、害を流すのはもってのほか。





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posted by edlwiss at 14:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
「読んでいたのは「鉄腕アトム」と「鉄人28号」で、例外的に読んでいた文字の多いものは、江戸川乱歩の「怪人二十面相」だった。」
 アトムは私も大好きでした。誕生の経緯など、怖い話とも思っていました。テレビ時代は優しくなりました。日本が裕福になったのでしょう。
 手塚漫画はランプ親父と変なキャラの蛸のような絵が面白かったです。「リボンの騎士」も複雑な漫画でした。人生や心理学も私も漫画から学べました。私のほうが少し先に生まれたようですね。
「すずめらにエアコンとられてうちわかな」
 これこそ日本語の素晴らしさを示せる例文でしょう。説明すると論文が出来るかも。だからはしょります。(笑)嘘です。私はもう能力はありません。
 言語は論理です。論理学と言語学と認知心理学などを勉強し、ロボットや知識工学も分かります。そして計算機に論理を教えられるのかも。今でも基本は同じでしょう。
 雀は羽を持つ、足は二本。
つがいは仲が良い。
夫婦で巣を作る。
巣は枝や鶴の枯れたものを利用する。
子育ての為に巣を作る。
その中に卵を産む。
数個産む。
 などなど何十と論理を書きます。100以上かも。ひとつずつは雀を定義する必要条件でもあります。ものの性質や論理を定義するのは手間がかかります。それをコンピュータが論理処理をするのでしょう。
 将棋なども、最近の進歩を見聞きしています。つれたいしたものだと驚いています。私たちには出来ませんでした。まだコンピュータもレベルが低かったのでしょう。
 でも、言語分野はなかなかロボットも追いつけません。人間も日本人も日本語も最高でしょう。どの国の人も言葉も同じでしょうが。言語教育こそ教育の根幹かも。国語は面白くありません。(笑)
 以上です。今日も頭が活性化されました。ありがとうございました。
Posted by tsuguo-kodera at 2013年05月18日 15:22
tsuguo-koderaさん、今晩は。

私は鉄腕アトムの熱烈なフアンでした。
鉄腕アトムで育ったと言ってもよいでしょう。

当時は雑誌「少年」に連載されていました。
この雑誌の付録も魅力的でした。

現在、このような雑誌がないのは寂しい限りです。

夜中のテレビ番組に「宇宙家族ロビンソン」というのがありましたが、おもしろいのはフライデーというロボットでした。
作ったのはドクタースミスという憎らしい博士でした。

博士が「このできそこないのロボットめ」と言うと、フライデーは「計算されません」と答えていたのが笑えたところでした。

ロボットが、人間と満足に会話できるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。
Posted by dolce at 2013年05月18日 21:12
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