2014年02月13日

難しいことを易しく語れる人がいい

miekouza.jpg文豪と言われる人たちの文章は読みやすいと思う。
文豪は国語の大家であるとも言える。
だから、国語の知識はもちろん、作文力は優れている。

当たり前のことだが、だから小説家になれたと言えるだろう。
作文は国語の総合力を示しており、読解力とは裏腹の関係にある。
だから、作文の劣る人は読解力も劣ると言える。

次の文章は、ある英語の参考書に書かれていた著者の巻頭言である。
英文が書けるレベルなら読むことぐらいは余裕でできるが、逆に英文が読めるからといって書けるとは限らない。

これは、日本語に置き換えても同じだと思う。

書くと読むでは書く方が難度が高い。
だから、よい文章が書ける人は、読解力は高いと言える。

このことを裏付ける根拠としては、今日、無数にあるとも言えるブログが役に立つ。
まず、自分の書いた文章を他人が読んで、感想を言ったり書いたりしているのをみる。
そうすると、読んだ人が正しく読んで意見や感想を書いているか、ズレたことを言っているかで読解力がわかる。

中には「どこにそんなことがかいてありますか?」と質問したくなるようなものもある。
そういう人の書いたものをみると、これが間違いなく支離滅裂である。

ところで、今日言いたいことは「なぜ、わざわざそんな(わかりにくい)言葉を使うの?」と言いたい文章に出会うことがあるということ。
そして、そういう文章を書く人が学校の先生に多いと感じることである。

そして嫌味な印象を持つ。
後味が悪いのである。

それは「無理をしている」と感じるからである。
ないものをあるように見せたいと頑張っているとの雰囲気が、文章から漂ってくるのだ。

なぜそうなのかと言うと、それは「オレは頭がいい。だからこんなに難しい言葉も知っている。哲学者だって知っているぞ」と訴えたい(宣伝したい)のではないかと想像した(妄想ではない:笑)からである。

念のために言っておくが、学校の先生にそういう人が多いと感じるいうことで、確率で言えば100人に1〜2人ぐらいと言ったところ。

哲学者をたくさん知っていて、その著書もたくさん読んで、難しい言葉も知っているというのは、確かに頭がいいのかも知れない。

しかし「脳ある鷹は爪を隠す」という言葉に似て「頭のいい人は難しい言葉を使わない」ではないかと思うのである。
現実には私の先輩にそういう人(やたら難しい言葉を使う人)がいた。だから、フィクションでも妄想でもない。

その人が訴えたいのは、本文の意味より「お前、こういう字、知らないだろう」ということを伝えたかったのだろうと思う。
だが、結果は残念ながら、逆効果で、私に言わせれば「インテリコンプレックス」である。

インテリではない人が、必死にインテリとして認めてもらいたいとあがいているみっともなさが伝わってくる。

私は先生方に嫌味を言いたいのではない。

みっともないから、そういうことをやめて欲しいと訴えたいのだ。
無理せず自然体で行ってほしいということだ。

だいたい、先生というのは難しいことを易しく語ってこそ先生ではないかと思うのである。
それこそ、頭のいい人のできる技である。

まあ、専門語を使わざるを得ないこともあるだろうが、そういうときは説明を入れてほしい。
学会で発表するなら、専門用語がたくさんでも構わないだろうが、今、語っている場が学会なのかどうか、よく考えてもらいたいものだ。

私も学校の先生を経験した。だから、同じ仲間としてみっともないことしてくれるなという老婆心である。
【老婆心】
年とった女性が、度を越してあれこれと気を遣うこと。転じて、必要以上に世話をやこうとする自分の気持ちを、へりくだっていう語。
ことバンク





にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へ
おかしい人の判定項目
職場のモラルハラスメント
文章が正しく読めない人はトラブルメーカー


posted by edlwiss at 00:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
「念のために言っておくが、学校の先生にそういう人が多いと感じるいうことで、確率で言えば100人に1〜2人ぐらいと言ったところ。」

 素晴らしい。私が言いたいことを全部書いてあったと思えました。思っただけで書けない自分が情け無い。
 でも、日頃、私以上に厳しいと想像していた管理人様が優しい人だと感じました。スレッシュホールドの問題かも知れません。
 私の会社員時代と同じレベルの分かりやすい文章を書ける先生は絶滅危惧種だと思っていました。要するに例外の人です。
 私は国語は苦手です。習字は習ったことがありません。漢字の書き順も、いえ漢字自体も書けません。日本人で小学校と中学校で国語の授業があったのに、本は大好きだったのに文学はダメです。
 初等科のとき卒業記念に作文集を先生が作ってくれました。兎に角一番が好きな最悪の生徒だったので、一番長編の探偵小説を書きました。400字詰め原稿用紙で100ページ近くあったかも。
 兄も母も、完成の文集を読んでゲラゲラと1時間以上笑い転げていたのです。マジな探偵小説、自分ではシャーロックホームズの赤毛連盟か、アガサクリスティのそして誰もいなくなったを書いたつもりでした。私はショックで笑うだけ。でも、国語の才能が無いことを知り、数学だけに賭けたのです。そして今があるのでしょう。
 その国語音痴以上に先生は国語が酷いです。むしろ国語を一生懸命に勉強すると、見えないものが見え、聞こえない声を聞けるのかも。一歩間違うと漱石の晩年と同じかも。
 凡人は良いですね。でも天才の管理人様はますます不思議に思えてしまう今日この頃です。

Posted by tsuguo-kodera at 2014年02月13日 06:26
tsuguo-kodera 様

率直なところ「先生は易しいことを難しく言うんだな」と思ったこともしばしばです。

tsuguo-kodera さんの文章は非常に読みやすいです。
そして、的を得ています。

それに反して、よくもまあこんなに的を外すものだなと思う人もいます。
Posted by dolce at 2014年02月13日 23:50
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。