2014年02月14日

自由は難しい

英語では日本語の自由に相当する語が、freedomとlibertyの2つある。
両者の違いは、freedomが束縛されない自由に対して、libertyは束縛から解放された自由を言う。
ここで言う自由は、libertyに近い自由のことである。

単に自由というと、人によっては「何をやろうと自分の勝手」だとか、反論のための反論のために「自由の解釈の幅をたくさんとって」頭の悪さを発揮する場合がある。
講義中に私語を注意された生徒が「話す自由を奪うのか」と反論するようなものである。

もっとも、そういう反論があったとき、それこそよい機会ととらえ、適切な説明ができるか(対処できるか)は先生としての技量が試されていると言えるだろう。

先生にとって生徒を自由にするのは難しいことである。
それは、先生が生徒に自由を与えるには4つの条件が必要だからである。

1.先生と生徒の信頼関係
2.生徒を自由にするだけの、それまでの教育の自信
3.先生の器の大きさ
4.先生の生徒の立場を思いやる心

これは、先生と生徒の関係だけではなく、上下関係のある組織においてはすべて言えることである。
会社の転勤で、自分の課に突然新しい課長が来て、それからというもの課内の雰囲気が悪くなったと言う場合。

1.課長が部下を信頼していない
2.社員教育がまずくて、いつも監督していないと社員がサボる
3.課長は自分の成績評価ばかり気にしていて、上ばかり見ている
4.課長は利己的で他人の心を思いやる気持ちがない

ということになる。

私がコンピュータの勉強を始めた頃、DECという会社について書かれた本が印象に残っている。
DECとは、Digital Equipment Corporationというネットワークに強い会社であった。
(DECについては、こちらを参照)

印象に残ったのは、DECの社訓が「誠実」ということ。
DECの社員は出先で、決定権が任されているということだった。
この本は、私の教育活動の大きな指針になった。

人は「任されている」ということで、信頼を得ていると感じ誠実に行動する。
決定権を持つことで、生きがいを感じ、自分の能力を最大限に発揮するということ。

私は、いわゆる「荒れている」という中学校を経験した時、先生たちがこと細かに生徒の行動を規制した「校則」を頼りに指導している状態から、それを武器にしない指導を目指した。

具体的な指導については、いくつか思い出がある。
その全てを語ることはできないが、ひとつ挙げてみる。

3年の担任になった時、私のクラスに女子の番長と言われる生徒がいた。
髪型や服装などいわゆるツッパリの格好。

細部にわたっての指導(?)の様子は省略し要点だけ書くことにする。

髪型や服装のことはいちいち咎めなかった。
それより、彼女が自分なりに上向きの行動をした時を認めて褒めるようにした。

クラス内では私のやり方について、特に不平はなかったが、ある日、階段を降りて行く時にすれ違った他のクラスの女子が声をかけてきた。

「先生、先生のクラスにパーマかけている子がいるよ」
「それがどうかしたか?」
「注意して欲しい」
「注意するかどうかは、オレが判断する。お前、人のこと言うなら、自分の髪型直したらどうだ」
「!!!!」

生徒はかなり腹を立てたようだった。
怒りの原因は、私が番長を許しているという嫉妬心からだと察した。

それからいろいろあったが、彼女は自分なりに少しずつではあるが、身なりを整えるようになった。
それは、担任としての私の立場も気遣ったところがあったと思う。

ある日

「先生、私メガネかけたいんですが」
「目が悪いのか?どうして?」
「頭のいい子ってメガネかけているでしょう?」
「・・・・」

まじめになろうとする気配を感じた。

その後彼女は仲間から離脱しようとしたが、これにはかなりの苦難があった。
結局、勉強に集中するようになり、もともと頭がいいという印象の彼女はそこそこのレベルの高校に進学した。

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気の小さい上司は自分のことばかり心配しているから、部下に対して事細かく注意したがる。
その結果、部下は萎縮し、会社の帰りに同僚と一杯やりながら上司の悪口を言う習慣になる。

それでも、会社の場合は誰もが少なからず会社の業績が気にかかっている。
ヘッドハンティングもあって、会社を見放しているの社員でない限り、会社の倒産は無職に繋がるからである。

しかし、学校の場合は「親方日の丸」なので、業績を心配することはない。
特に定年間近の上司にとっては「何事もないのが最善」である。

だから、生徒を細かい校則で縛って行動の自由を与えないことに賛成する。

だが、よく考えてみると、それこそ「教育とは何か」に突き当たる。

そもそも、教育とは自立を促すことではないか?
なのに、決まりで縛るのは、手足を縛って動けないようにしていることにならないか?
学校卒業後もめんどうをみますというなら、わからないでもないが、手足を縛っておいて卒業と同時に縄をほどいても飛び立てないだろう?

無能な上司はそんなことまで考えないのだろう。
何を心配しているか?
自分のことを一番心配しているのではないか?

「好きなようにやってみろ」

は「君たちを信頼した」のメッセージなのだ。

どこまで、libertyを実現するかが、指導の自信ではないのか?

「かわいい子には旅をさせよ」

「かわいくないから旅はさせない」





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posted by edlwiss at 17:25 | Comment(4) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 組織に所属する誰もが、トップも中間も末端も心すべき、基本の心構えのように今日の記事は感じました。基本の基本ですね。
 アドバンスの上級者編、即ち発展する組織に関して厳しい要件がありそうに私は思ってしまいました。でも、コメントですのであまりとんがった論は書けません。
 さわりだけです。管理人様はやはり優しい人になってきたのかも。私はますます厳しい頑固親父になっているようです。本当に羨ましいです。若返っていますよ。
 私は、「どこまで、libertyを実現するかが、指導の自信ではないのか?「かわいい子には旅をさせよ」「かわいくないから旅はさせない」のような優しい考えはできません。
 即ち、基本的に新しいことが嫌いな老人の頭、即ち、既にソフトが入らないハードな頭。回路だけの頭。かわいそうですが、仕方が無いですね。因果応報でしょう。
 私は医者ではありません。でも数人いる仏教と医者の関係者、かれらも親戚ですが、彼らから学べました。
 新しい挑戦ができないのは、新しい事実を認知できない頭脳なのではないでしょうか。新聞などで見聞きする患者さんより、相当重症の症状なのかも。学校に長く勤め、学校外の活動をしない先生はそのようになるのかも。いえむしろそうなると断言したいのです。
 恐ろしいです。鶏のようにコケコッコーとつつきまわる私は縁のない話と思っています。管理人様はなお大丈夫、毎日若返っているように感じられます。羨ましい。


Posted by tsuguo-kodera at 2014年02月14日 19:35
tsuguo-kodera 様

>新しい挑戦ができないのは、新しい事実を認知できない頭脳なのではないでしょうか。

なるほど、頭の中が化石のようになっているのでしょうか?

私は若返っているというより、依然として小学校を卒業できないでいる状態です。

今回の記事には「きまり」について触れていますが、過去に「きまりは守らなくてよい」と言った人が、今度は「きまりを守るべき(守らせるべき)」と言っているのがおもしろいです。

昨年「すぐに忘れる」という忘却の程度の激しい人に会いました。
とにかく、一日経つと頭の中がリセットされるようです。

私が「医者に診てもらったら」と言ったら、その人は本当に医者へ行きました。

医者が言うには「あなたは認知症ではありません、昔からそういう人です」と言われたそうです。

危なくてつきあえません。

蛇足でした。

Posted by dolce at 2014年02月15日 00:19
 そうなんです。化石の頭は物心がつくまでの環境でできあがるのではないでしょうか。酷いいじめにあう、親に邪険にされる、などその可能性を高めるのではないでしょうか。なかなか変わりません。20歳を過ぎたら無理かもね。
 コロコロ意見を変えられる人は特技ですね。羨ましいです。私は物心がつくまでに、男子の一言金鉄の如し、と叩き込まれていたようです。お蔭で周囲の理不尽にげんこつで応戦する馬鹿な子供だったのです。
 家では毎日泣かされていました。お蔭で、外に出ると喧嘩で負けたことは1回だけ。騙されて一人対5人のときだけでした。4歳ぐらいの時からだまし討ちされたのです。
 お蔭で学校では1年上までは相対では勝てました。会社員時代は、信じている解決策に反対する社長や専務に対して抗弁し、「お前はキチガイだ!!!」と言われたこともありました。「バンズインチョウベイだね、仕方ない、辞めていいよ」と慰められたこともありました。
 お蔭で危ない人から素早く逃げ出すフットワークがつきました。この歳になっても逃げ足は速いのです。これもあの記事の人と距離を置くことにつながりました。信じる人は自業自得なのでしょう。これも仕方がないですね。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年02月15日 05:01
tsuguo-kodera 様

>お蔭で危ない人から素早く逃げ出すフットワークがつきました。

これはいいですね。

危ない人や変人は相手にしないに限ります。
怪我をする機械やまともなものが出てこない自動販売機のようなものです。
Posted by dolce at 2014年02月16日 20:26
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