2014年02月19日

詐欺に遭わないために

詐欺といえば今日話題となるのが振り込め詐欺。
被害者はお年寄りが多い。
「孫」と言えば心が動くのだろう。

■人は信じたいものを信じる

インターネットを利用して、タダでテレビ電話ができるという売り込みが、知人のM氏にあった。
それで、M氏が私に相談してきた。

M氏宅を訪問すると、パンフレットを見せてくれた。
セールスの話によると「こういう画期的な製品を作るので、今投資しておくと、会社が本格的に販売を開始すると権利収入が得られる」というものだったそうだ。

私は胡散臭いと感じた。
それで、疑問点を話すと、M氏の奥さんが出てきた。

そして、私の疑問点に一生懸命反論しようとした。
反論と言っても、全く論理的なものではなく「でも、特許だそうですよ」を始めとして、私への反論には「でも・・・」「でも・・・」が続いた。

私の「インターネット回線の性能からして、そんな高速な通信はできないはずです」の言葉に「でも・・・」で反論する。

奥さんは一度引っ込むと、箱に入った製品を持って出てきた。
すでに買っていたのだ。
権利収入とやらを得るために、一口30万円を出して製品をもらったそうだ。

M氏は私に相談する前に、すでに決めていたのだ。
だったら、相談する必要はないと思ったのだが、相談するより賛成して欲しかったのだろう。

人によっては「これどうだろう?」と聞いてきた時には、すでに決めているという性格の人もいるのだそうだ。
なぜ聞いてくるのかというと、賛同を得たいのだそうで、意見を求めているのではないというのが心理学の立場らしい。

こういう人に、誠意を持って意見を言うと嫌われてしまうらしい。
特に反対はいけないらしい。

結局、その製品は詐欺で、買ったものをどうしたかわからない。
その後、M氏と会っても、その製品のことは全く話さなかった。

このような機械を売る時は、買い手に知識のないことを利用して、インターネットとかコンピュータの話を持ちだして煙に巻くわけだ。

別の人だが健康の機械の売り込みもあった。
デモンストレーションの会場に連れていかれた。
やはり胡散臭いと感じた。
なぜ高電圧を利用すると健康によいのか、私にはさっぱりわからなかった。
部屋のまわりには、広告がたくさん貼ってあって「厚生労働省」という文字が目についた。

■根拠のはっきりしないものには手を出さない

まがい物の類を売る時は、売り手は演出をする。
部屋を使う時は、部屋にポスターを貼り、売り込む人間は、なんだかわからない肩書を紹介する。
例えば、私の持っているファイナンシャル・プランナーでは「ファイナンシャル・アドバイザー」という紛らわしい名刺を持っている人がいた。

売り手は訓練しているのか、役者である。
例の、NHK交響楽団の仕事(副指揮者)をしているという彼氏を思い出す。
けっこう若い女の子が騙されたように「信じたい」という気持ちに持っていく話法がうまい。
聞き手の方も「信じたい」という願望が高まってくるので、そこに水を差すような人間は嫌われる。

実は私のところにも、かつて、怪しいハガキが来たことがあった。
見ると、番号が赤字で打ってあった。

文面は「今、あなたは訴訟を起こされようとしていることがわかりました・・・日までお電話ください」というようなものだった。

こんなことがあると、知らない人はびっくりするだろうが、裁判所からハガキが来ることは絶対にない
もし、裁判所からなにがしの連絡がある時は封書で来る。

そういうことだから、私はすぐに詐欺とわかった。
しかし、騙されたふりをして電話をすることにした。
そして、全てを録音した。

相手の言葉の中には「サーバー」という言葉が出てきた。
コンピュータのサーバーのことである。
つまり、サーバーにアクセスしてそういうデータがわかったというのだ。
今対処すれば大事にならないで済むという。
もちろん、金が必要という話になる。

だいたい、裁判に関係するコンピュータに侵入できるわけがないのだ。

■詐欺に強くなる

日頃、訓練しておくことがいいと思う。
裁判所からハガキが来ることはない、というような知識も必要だ。

「私は○○の人と知り合いだから、あなただけ特別金利で」という話も嘘。
金融機関は公平だから、ある人だけに特別などということはできない。
多額の現金をその場で持っていくということもない。
必ず、本人が銀行に行って振り込まなければならない。

このように、社会常識を高めることにより、詐欺の被害を防ぐことができるが、始めに言ったように「信じたいことを信じる」の演出にひっからないことである。

そういう意味では、ブログも同様だろう。
ブログを通じて訓練ができるかもしれない。

根拠、データの出所が明らかでないもの。
誰かわからないもの(責任ある文章なら、筆者が誰かわかるようになっている)。
しかし、最近のニュースのように、ゴーストライターという可能性もなきにしもあらず。

教育ブログに出て、先生のように書いていても、先生でないかもしれない。

教育に関して確認する一番よい方法は、交通費と指導費を出して来てもらうことだろう。
素晴らしい人なら、そのぐらいの経費は出しても価値があるだろう。
(こらは確認することの必要性とも言える→本当に孫からの連絡か?)

実際、話でも指導でも、生身の人間がその場面に登場して行うことが一番いい。
だから、演奏だってCDで済ますより生演奏の方がいいわけだから。

ひとつひとつの文章をきちんと読んで「・・・は・・・である」という文だったら、本当にそう言えるのか、その根拠は何だろう、誰をターゲットにした話なのだろう、誰に向かって言っているのかなど考えてみたら、読解力の練習にもなるし、詐欺に強くなる練習になるのではないか。

人を信じることは大切だが、本物、偽物を見分ける力も大切だ。

「特に先生は騙されやすい」と言われるのが巷の話であるから要注意。




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posted by edlwiss at 20:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 直感的に分かっていたと思えることも、もう一度丁寧な説明を読むとさらに無駄なく理解でき、高校生のも分かり易く説明できる気がしました。ありがとうございました。
 要するに助平根性がいけないのですね。貧乏人も社会的に地位のある人も。
 私も子供の時から最近まで助平根性が人一倍ありました。でも最近は心も身体も枯れてきています。
 枯れるのは悲しいばかりではありません。助平根性がなくなって、悟りの境地に近づき始められたようにかんじるからです。
 枯れた境地で若い先生にアドバイスしたいと思います。でも、私もインチキ教育アドバイザーの肩書を頂いているのです。
 自分自身は無職の定年退職者、人材再生請負業と言うインチキ名刺を作りました。
 詐欺師まであと一歩ですが、詐欺師にはなりません。アドバイスは無料だからです。得にはならないお節介な隠居なのです。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年02月20日 04:42
tsuguo-kodera 様

詐欺の被害に遭ってもよくないが、被害に遭わせてもいけないと思います。

自分はそのつもりはなくても、見栄や嘘で人が犠牲になることもあります。

大きなことを言う人を信じて、頼みにしたら肩透かしをくらったという経験は私にもあります。
Posted by dolce at 2014年02月20日 12:07
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