2014年02月23日

楽譜通り演奏しても音楽にはならない

楽譜があるから指揮者はいらないだろうという人がいる。
楽譜通り演奏すればいいだろうという人もいる。

楽譜通りとはどういうことか、わかっていないんだね。
「のだめカンタービレ」で、のだめがモーツアルトを弾くために先生についた時「アナリーゼ」が問題になっていた。

演奏にはアナリーゼが必要なんです。
アナリーゼは楽曲分析と訳されているけど、楽譜で構成されている音楽がどういう意味を持っているか解釈が必要ということ。
楽曲分析(がっきょくぶんせき)とは、その音楽がどう組み立てられているか調べる事である。アナリーゼもしくはアナリシス(それぞれドイツ語のAnalyse(分析)、英語のanalysisからきている)ともいう。
フリー百科事典「ウィキペディア」より
時代背景などにも及ぶので、頭がよくなるクラシックという本を書いていた人がいたが、クラシックに取り組むといろいろな科目に共通することが多いからではないかと思う。

もちろんクラシックだけが音楽ではない。
しかし、どんな音楽をやるにもクラシックをベースにしておくことはいいことだと思う。

大学にもオーケストラがあるが、いわゆる難関大学のオーケストラが上手いというのも興味の持てるところだ。

英語が世界の標準言語のように言われるが、音楽は世界の共通言語という言葉もある。
音楽は人の心に直接訴え、国語では意思伝達がまどろっこしい時、音楽はそれを埋めるようなところがある。

もし、音楽に何も関心を示さない人がいるとしたら、人としての感覚器官が何か欠けているのだろうと思うが、そのような人がいるのだろうか?

現在、オリンピックがロシアで行われていることもあってか、ロシアのレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の歴史についてNHK-BSでの特集番組があった。

第二次大戦で、ロシアはドイツ軍に痛めつけられ、レニングラードは孤立状態になり物資が不足して餓死者もたくさん出た。
資源が貴重な中、ロシア政府は劇場だけは電気の使用を許可し、戦火の中演奏は続けられていた。
これが市民の心の支えになっていた。

当時、有名な作曲家はショスタコーヴィチで、彼は交響曲第7番作曲したが「レニングラード」という副題がついていた。
人々を勇気づけるために作曲したわけである。
人々を大変勇気づけた曲である。
このように、国を救った作曲家というとフィンランドのシベリウスも思い出す。

食べるものがないと人は生きていけないが、心の支えも必要だ。
こういうことを考えてくると、芸術に理解のない政治家は、何か欠けているのではないかと思えてしまう。

財政難であっさりと予算を削ってしまう政治家は、プライオリティ(優先順位)を間違えているのではないか。





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posted by edlwiss at 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育研究
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