2014年07月15日

決めつけがモノを見えなくする

音楽の世界でも、誰々はモーツァルト弾きなどと、演奏家の決めつけがあります。
ところが、そう決めつけられた人が、ベートーヴェンやシューベルト、ショパンだってたいそうよかったということもあります。
そういうレッテルを貼られた本人にとっても、迷惑だったりします。

音楽の世界に限らず、考え方がパターン化や決めつけが好きなのではと思う人がいます。
どう生きるかは、本人の自由ですが、傍で見ている方としては勉強になります。
まさに他山の石です。

決めつけは、自分で枠を作って自分自身を閉じ込めてしまうようなもので、殻に閉じこもるのと同じようなものだと思います。
教師は子どもに勉強せよと言いますが、殻に閉じこもることは勉強を拒否することではないかと思います。
自ら作った殻によって、自分はからの外を見えなくしているようなものです。

子どもに勉強を促すなら、自ら殻を打ち破ることをしなければならないはずです。
殻を作って、それまでの知識の切り売りで生きている教師を見て、子どもが魅力を感じるはずがないと思うのです。

殻を破ることをやめた時点から、老化が始まっているのだと私は思っています。

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posted by edlwiss at 22:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 とても素直に読んでしまった今日の記事でした。色々な勉強をさせて頂き、ありがとうございます。
 私は一度決めたら変えられない、頭が固い学生でした。性格判断に出ていました。ところが候補がありすぎで、研究課題や就職先をなかなか決められませんでした。期限にせかされ、仕方なく選択したようなテーマや仕事でした。
 そのような状況で何をしても熱が入らず、若い時は腰の据わらない人生だったようです。そのまま一つの仕事を一か所で続けていたら、定年後に各所で出会う、良く出会う頭の固い、殻に閉じこもった定年退職男になっていたのでしょう。若い人でも結構います。
 当方、人並み以上に腰が据わっていなかったので、毎日ふらふら、機会があれば動いていたのです。あっちの展示会、こっちの商談と、請われるままに色々なところに出かけてたくさんの人といろいろなところで出会いました。人をたくさん見ました。話しました。
 人はいろいろいるのだと、肩書によらず人を見る練習ができたのでしょう。いつの間にか殻のない裸で人を見ることが得意になっていたようです。
 そんな経験でしてので、人との出会いを大事にしています。他人に出会いの機会を作ることが好きな男になりました。
 人生も仕事も教育も一期一会を大切に残り少ない余生を送っています。まさに管理人様との出会いも一期一会。一回でも思い出に残る出来事でした。
 昔の出会いの日をはっきりと思い出した今日の記事でした。ありがとうございました。
 
Posted by tsuguo-kodera at 2014年07月16日 04:44
>人との出会いを大事にしています。

まさに「人生は出会い」が浮かびます。

私もtsuguo-kodera 様にお会いできたことは、貴重なできごとと思っています。

いろいろ刺激を受けています。
ありがとうございました。
Posted by dolce at 2014年07月16日 22:18
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