2014年07月16日

人間はそんなに単純ではない

2045nenmondai.jpgここに来て、人工知能が一段と注目されてきた感がある。
ロボットの開発が盛んになってきたことにも関係がある。
ロボットはどんどん知的になり、人間に迫りつつある。
少子化で労働人口が減るということもあって、ロボットの需要はますます高まるだろう。

人工知能は、人工知能言語と言われるプログラム言語がもとになっているが、一般の言語が命令されたことしか実行しないのに、人工知能はプログラマーの手を離れて自由に思考する。
自立しているわけだ。

だから、人工知能を積んだロボットは、時に人の予想もしなかった動作をする。
このことで、話題を読んだのが、ロボットと人との将棋の対戦だ。

勝敗は人が勝ったり、ロボットが勝ったりであるが、ロボットも自ら学習しどんどん賢くなっているので、今後の勝負もおもしろい。

ところで、この将棋の対戦で、私が一番興味を持ったのは、ロボットが人間の予想もしない手を打ってきたところである。

まるでヘボ将棋という手を打ってきて、これじゃあ話にならないと思っていたら、勝ったのはロボット(コンピュータ)の方だった。

これを見た時、学ぶ方は人間の方だと思った。

■きまりでがんじがらめにすれば問題は起こらないかも知れないが

上司がやぐいと、自分の心配ばかりしているから「するな」という言葉が多くなり、部下はすくんでしまう。
最低限の仕事だけやっておくかということになってしまう。
問題は起こらないかも知れないが、創造的な活動もなくなり、組織は停滞する。
企業なら業績低下につながるおそれがあるが、親方日の丸の学校では、何事もなく平和に日々が過ぎていく。

それでいて、上司に「変な色気」があると「部下が働かない」「言われたことしかやらない」という。
指示待ち人間が多いかも知れないが、部下が動かないというのは、上司のせいであったりもする。

学校では「部下」という言葉は適切ではないと思うので、学校においては「校長と一般の教師」と置き換えて考えることにする。

■優秀な人工知能も人から学んでいる

時に将棋のプロを負かせてしまう人工知能(ロボット、コンピュータ)だが、科学者が言うには「人間を超えることはない」と言う。
なぜなら「人工知能は人間から学んでいるから」と言うことだ。

それほど、人間の脳は優秀なわけだ。
だから、人間の方が奇想天外の予想もしない、考えを出してくる可能性があるのだ。

人の行動を予想する、まるで超能力者のような人がいるが、ようなではなく、本当に超能力者かも知れない。
でも、私が疑問に思う人は「予想が単純すぎる人」である。
こういう人の発言を見るとき、私は「人間はそんなに単純じゃないよ」と思っている。

もし、人間の行動が単純だとしたら、行動の制約が多く、自由度がないからだろう。
校則が拘束になっていいるのだろう。

祈祷師みたいに、人の行動を予想するより、人がどう活動したかという実践記録が大切である。

たとえ、つまらない行動(実践)であっても、空想ではなく実際にあったことだから、それは、今言う「ビッグデータ」の一部になるのである。

■自由と時間が大切

私が人を動かす立場になった時は、自由と時間に重きを置いている。

これは、
1.自由が少ないほど活動も思考も制約されるので、創造性も失われる
2.時間がなければ活動する時がない
と考えているからだ。

学校では、学校経営、学年経営と言った枠があるので、この制約の範囲に活動は縛られる。
部活動では、学校経営の枠はあるものの、かなり制約は少なくなる。
こういう意味では、中学校の部活動は大切だ。

私は部活動では生徒の自由度を高くし、その結果私が生徒から学ぶことも多かった。
予想もしないいい活動が出てきたことは、コンピュータが予想もしない手を打ってきた、という事実と合わせて考えると感慨深いものがある。

最近は、女子中学生がスマホのアプリを作って、数千万円稼いだという事実を知ると、自由な発想の機会を奪わないことの大切さも感じるこのごろである。

■ゆとりは必要

このごろ、多数決、平均症候群があるのではと思う。

まず、世の中には指示されて動く人間が多いということ。
だから、全体にゆとりを与えれば、多くの人間は何もしないだろう。
それは、平均すれば生産性、学校なら成績が下がるのは当たり前である。
しかし、自分から進んで活動する人間にとっては、制約の多い世界は迷惑である。
そのうえ、優れた才能を埋没させてしまうことになる。

平均は統計手法の一つで、集団の特徴をたった一つの代表数値でとらえようとするものなので、何でも平均で考えるのは実態を見誤ることになる。
だから、統計を出すテストの時は、できの悪い子どもをあえて休ませる、という姑息なことを考える人が出てくるのである。


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posted by edlwiss at 21:48 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 そうなんです。人間はそんなに単純ではないのです。社会も人間も動くのです。世界は動く。地動説。
 規則や慣例やしきたりで上手く行き続けることは不可能です。学校も、先生も、校長も。
 規則は過去の経験から生まれたもの。変化させ動き、改善し続けるしか人間社会は生存できません。学校も、会社のように社会の変化を毎日取り込まないと遅れます。
 変化に追随する学校も、塾も、人もいるから、適者生存で、絶滅する学校は増えるでしょう。子供が減ったからではなく、子供が減った社会に適応できなかった学校が統廃合されるのです。
 先生と言う職業は市場が減少するでしょう。ますます適者生存の業界でしょう。
 このように企業人経験者は考えています。南無阿弥陀仏。変な考え方をしている先生方のためにお祈りしています。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年07月17日 04:27
「事実は小説より奇なり」を、私はいくつか経験しています。

そういう経験のもとでは、小説は色あせて見えます。

教師は「こうすると、こうなる」のような予想をしているより、実際にやったことを発表してほしいと思います。
Posted by dolce at 2014年07月17日 22:44
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