2014年07月18日

嫌みは環境汚染である

はじめに「嫌みとは何か」意味を確認しておこう。

いや‐み【嫌み/×厭み】
1 人に不快な思いを与える言動。あてつけや皮肉。また、それによって不快感を与えるさま。
2 ことさらに気どっていて、いやらしいさま。goo辞書

嫌みは人に不快感を与えるだけである。
だから何もいいことはない。
もっとも、嫌みを言う本人だけが、嫌みをいうことによって精神の安定を保っているのだろう。
そうすると、嫌みというのは典型的に「自分さえよければいい」という行動と言える。

嫌みを聞かされる方にとっては、何もいいことはない。
本人だけよくて、他人にはよくないものは、他にあるかと探すと「喫煙」がある。
だから、タバコを吸わない人にとっては「嫌煙権」がある。

■嫌み室

どうしてもタバコを吸いたい人のために、喫煙室がある。
同じように、どうしても嫌みを言いたい人のために、嫌み室を作ったらどうだろう。
「嫌みは嫌み室でお願いします」と明示しておくのもよい。
こうすることにより、嫌みの空気汚染は防げるだろう。

■良薬は口に苦し

人には不快なものでも、受け入れようという気持ちがある。
それをうまく表した言葉が、■良薬は口に苦しである。

だから、嫌みの場合は不快しかないから、これは苦いだけで効かない薬のようなものである。
こういうものを、積極的受け入れる人はいないだろう。

それでは、良薬は口に苦しにあたるような発言はないかと考えてみた。
すると「批判」という言葉が浮かんできた。
ひ‐はん 【批判】
1 物事に検討を加えて、判定・評価すること。
2 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。
3 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。コトバンク

嫌みがただ不快にさせるだけと違って、特に2.の「誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じる」のところは大きな違いである。
誤りや欠点を指摘されるのは不快かも知れないが「正すべき」方向性を示してもらえるので、苦くても飲む薬と同じになるのだ。

■誰のために

もうひとつ大切な視点は、誰にために発言しているのかということだろう。

嫌みとは悪口と同類なもので、言う本人のためだけのものである。
では、これらと批判の違いは何かと言うと、ある人は
1.社会が良くなるための視点から書かれている
2.代案が提案されている

の2つを挙げている。

なるほどと思った。

私は、ある中学校の吹奏楽部の指導を依頼されたことがあった。
(私の指導力がどうのこうのと言う話は別とする。その中学校で指導者がいなくなってしまって、ピンチヒッターをやっただけのことである)

今もよく覚えているのだが、後列、一番左のトランペットの女子の音の注意をした。
すると、その女子はずいぶん衝撃を受けたような表情を見せた。
注意されたことが、気に入らなかったようだ。

私は嫌われたかなと思ったが、そんなことを気にしていたら指導はできない。
(いや、その女子は自分の方が嫌われたと思ったのかもしれない)

いずれにしろ、心理的な葛藤は懐にして、全体がよくなるように、指導をどんどん進めていく。
1か月ぐらいは経っただろうか、その女子の顔つきが明らかに変わった。
全体もいい空気になってきた。

顔つきが変わったというのは、何か指摘されると「ありがとうございます」という表情になったこと。
つまり「先生は、私たちを良くしようと思ってやっているんだ」ということが、伝わってきたという感じだった。
それは、言動だけでなく、注意を守ると明らかに良い音になるという実感もあってのことだ。

■誰のために言っているかが実感できること

私は、とかく詭弁の多い先生も見てきている。
しかし、それで切り抜けられたと思っても、中学生はそんなに甘くない。
というより、人間なら誰でも感じる空気があるのだ。

爽やかな、いいにおいか、異臭を放つ臭いにおいかである。
嫌みというのは、異臭を放つ臭いにおいである。

いくらごまかそうとしても、結局、全体としてその人の持っている体臭のようなものを、人は(子どもは)感じてしまう。
文章も同じだ。


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posted by edlwiss at 23:17 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 心して生徒さんと面談したいと強く思えました。ありがとうございます。これは嫌味ではありません。掛け値なしです。
 しかし、実は私は嫌味は得意です。面倒くさいのが嫌いな、元喧嘩屋だからかも、と諦めています。
 私は嫌いな人には慇懃無礼に、またニコニコすることもありますが、話しかけるなと言うオーラを出しているはずです。
 過去に受けた仇は返すのが喧嘩屋の基本です。何十年でもです。執念深いのです。赤穂浪士のような心と思って勘弁してください。
 そこでメールや、管理人様たちのブログコメントで情報を発信します。実はどんなに鈍い人でも、このコメントや過去の管理人様へのコメント、他の先輩先生の記事へのコメントを読めば、反撃の嫌味だと分かるのではと期待しています。(笑)
 ですから、私は多重の意味がある文章を書けるとも言いたいのですが、そこまではまだ到達できていません。
 シーザーが暗殺された時、オクタビアヌスと言いましたっけ、上手な演説をして結局ライバルである暗殺者を貶めた言い伝えがあったのでは。小学校の教科書で読んだような気がしています。
 嫌味は喧嘩やセクハラ、パワハラ、口論や言い返すより、使い勝手が良いのかもしれません。少なくとも犯罪ではないでしょう。上手く書けばです。
 管理人様の記事も一部の人にとって嫌味のある、しかし多くの読者にとって役立つ良い記事かもしれないと私は思っています。この点も私は、実は参考にしています。(笑)
 管理人様の足を引っ張っているようですが、決してそうではありません。戒名通り、正直だけが取り柄の男で生きているのです。(笑)すみません。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年07月19日 04:45
「嫌みは環境汚染」と書きましたが、汚染しない嫌みもあると気づきました。

私が小学生の時、昆虫採集で虫をたくさん捕まえてきて、標本作成用の注射器で薬品を昆虫に駐車していた時、見ていた母親が「そんなに殺さなくてもいいのに」と言いました。

その言葉がグサリと心に突き刺さりました。
私が殺しを楽しんでいる本心が見ぬかれたのです。

その言葉の痛みは今も感じています。
だから、今、小さな命も大切にしようといつも思っています。
私のために犠牲になった虫たちへの償いの気持ちもあります。

シュバイツァーは、密林に取材に言った記者に小さな虫を殺すことも禁じたと聞きました。
Posted by dolce at 2014年07月20日 00:10
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