2014年08月26日

30年以上続いている同窓会

ある小学校に、一緒に勤務したことのある先生同士の同窓会。
私が新卒から6年間勤務した小学校だった。

そのころ、私は正直なところ先生をやるかどうか迷っていた。
しかし、母子家庭だったので、親にいつまでも心配をかけてはいけないと思い、とにかく就職しようとの思いで赴任したのが正直な気持ちだった。

4月1日、勤務地の市役所で説明を聞いた後、採用された者はそれぞれ勤務校の場所を確認し行くことになっていた。
私も地図を出して、場所を確認しようと思っていた時

「お迎えに来ている学校がありますよ」

とのメッセージがあった。

一同「ほうー」という感じで、どこだろうと思っていると、私の学校だった。
教頭が自家用車で迎えに来てくださったのだった。

市役所は市の中心にあるのだが、車は繁華街から次第に離れて、田舎の村の景色に変わっていった。
平屋の木造住宅の立ち並ぶ細い道に入ると、一体どこに学校があるのだろうと思っていると、民家の中に埋もれたように小学校があった。

校門の前まで来ると、テレビドラマで見た大正時代の世界に戻ったような錯覚に陥った。
校舎はすべて木造、廊下を歩くとギシギシと音がした。
「職員室」と書かれた表示もまるでテレビで見た昔の学校だ。

大変なところに来たなあと思いながら、案内されるままに席につくと、職員会が始まった。
早く家に帰りたいという気持ちばかりがよぎって、何の話があったのかよく覚えていない。
先生の数を数えると18人。
数人若い女の先生がいて、あとは中年以降のおじさんおばさんの先生。

私の受け持ちは4年生18人のクラスだった。
教壇に立った時、シーンと緊張の空気。
私がニコッとすると、子どもたちもニコッとして空気が柔らかくなった。
とても人なつっこい感じの子どもたちで、兄弟のいない私には心に感じるものがあった。
この子たちを卒業まで、つまり4、5、6年生と3年間担任をすることになるとは、その時はとても想像はできなかった。

翌年、校長から、新しい校舎を作るので放送室、スタジオ、音楽室の図面を書いてくるようにと言われた。
電気関係、製図は勉強してきたことなので、図面を書くことは何でもなかったが、学校の設備はどんなものかわからなかったが、自分が思う理想を書いて提出した。
後に、この図面の通りに作ってもらえたのには驚いた。

18人の先生たちはみな個性的で、教育熱心だった。
それを校区の保護者たちも理解していて、先生を全面的に信頼していた。

最近の学校は外部からの行事の持ち込みや何かで、教育課程を落ち着いてこなすという空気が乱されがちのようだが、ここでは本当に落ち着いて教育そのものに没頭できたように思う。

地味なおばさん先生も、じっくり教育に取り組んでいて、それが子どもにも徐々に浸透していた。
先生たちは、互いに尊敬しあっていて、決して他人を誹謗中傷するということはなかった。

私が最も嫌いとするところは、自分の経験を話すと、やっかみ、嫉妬といった反応があること。
悪く言われることは、未熟な自分にはあまり気にはならないが、やっかみ、嫉妬の類は何とも耐え難い。

人間がとても小粒に見えるからだ。
私はスケールの小さな人は嫌いだ。

この、やっかみ、嫉妬は昔より増えた感じがして、日本人が次第に小粒になっているのかとさえ感じる。
中でも、教員の中にそういう人がいるのはとても嫌で、先生という感じがしない。
先生というのは心の大きい人で、暖かい感じというのが、私の子どもの頃からのイメージで、そのイメージを壊すような人は先生という看板をつけているだけで、心では先生と認められない。

その上、輪をかけて幻滅するのは、他人のあら探しばかりしている人だ。
ハイエナは死肉を探し回って夜活動すると言われるが、そのようなイメージを抱く。
もっとも、ハイエナが死肉を食するのは、自然界の清掃になるが、嫌味たらたらのあら探しは清掃になるどころか環境を悪くする。

話が逸れたが、目立とうとせず地道な教育活動に専念する小学校を、市や教育委員会も支えていてくれた。
だから、新校舎建設時もほとんどすべての要望をとり入れてくれた。
まだ2年目の私の要望もまじめに聞いてくれたのは驚きだが、他の先生たちが、生意気ととらず「すばらしい」と言って支えてくれたのも、まさに大きな心の表れだったと思う。

その頃の先生たちが、集まって同窓会ができたのも、みな仕事に幸せを感じていたからに他ならない。
一人も「私は遠慮したい」という人がいないのも、みな同じ気持ちだったということを表している。

今思えば奇跡のような時代だったとも言える。

折しも、その時の子どもたち、いや今は社会人であり親である教え子だが、同窓会(同級会)をやりたいと言ってきた。
そして、会場は思いでの思いでの音楽室。
「先生、それで、あの頃の授業をもう一度やってください」
と言ってきた。

私としては、自分が先生というより、自分も同じ子どものような気分で遊んでいたような気がするので、恥ずかしい。

かなり年配の先生が「あんたのクラスの子どもが、一番子どもらしい」と言ってくれたことが、私への何よりものほめことばとして、ずっと持ち続けている。

今日はとりとめもない回想になってしまった。

・・・ みんな、ありがとう ・・・


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posted by edlwiss at 22:54 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 昔の子供は子供らしい子供が多かったように私も思っていました。私も悪ガキのガキ大将でした。でも、弱い女の子を苛める奴が嫌いでした。
 最近の子供は大人のような子供が増えているように感じています。やくざのような言葉を使うお母さんもいます。子供なのに変な教育を家でされ、老成し、入学しているのかもしれません。
 もしそうだとすると、学校の先生は大変ですね。昔なら15歳になった人を小学校で教えているのだからです。子供は性格を変えられますが、12歳を過ぎると変えるのは至難の業です。
 論旨納得です。お互いに良い時代に生まれました。ありがとうございます。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年08月27日 04:26
「子どもらしい子ども」がいないのは寂しいことです。
逆に「子どものような大人」も目につくのですが、こちらも嫌なものです。

子どものような大人が、子どもらしくない子どもを教えられるのでしょうか?

こういう世の中のせいか「心が変」と感じます。
大気汚染のようで、息苦しいと感じることも。

>12歳を過ぎると変えるのは至難の業です。

これは、小学校までの教育が大切だと言うことですね。
Posted by dolce at 2014年08月27日 23:39
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