2014年08月27日

すばらしいスイス・ロマンド

スイス・ロマンドと言えば、クラシックフアンならすぐにピンとくるオーケストラ、スイス・ロマンド管弦楽団のことである。
このオーケストラが有名になったのは、数学者で創設者のエルネスト・アンセルメが指揮者として君臨し、育て上げたことである。

当時、録音には定評があったロンドン・デッカが担当し、このオーケストラのきらめく音色とアンセルメの明快な指揮で音楽フアン、オーディオフアンを虜にした。
なにしろ、50年以上アンセルメが率いたオーケストラ、彼が亡くなった後、あまり名前を聞かなくなった。
それが、来日し録画放映された。

音は健在だった。
録画放送からも、魅力ある音は十分感じられた。
指揮者は山田和樹、日本人で、優れた指揮ぶりから、これからの演奏活動が楽しみ。

ところで、優秀な音楽家はみな頭がいいという感じを、昔から抱いていた。
というのも「指揮者って必要なの?」とか「楽譜があるからその通り演奏すればいいだろう?」という程度の人はわからないかも知れないが、音楽は単に楽譜を見て音を出しているだけのものではない。

リズムは数学的に正確に読まなくてはならないが、縦の関係、すなわち和音は整数比でできており、その比の関係で協和音であったり不協和音であったりする。

こういうような知識は基礎であり、機械的に楽譜を読み取るのは当たり前で、数学的にきちんと書かれた楽譜に込められた作曲家の意図を読み取らなければならない。
それには時代背景を知ることは必須で、音楽大学の科目には音楽史もある。
楽器の音響学は物理そのものであり、楽譜に書かれているのは、いわゆる「おたまじゃくし」だけではなく、外国語もある。
楽譜に表記する言語はイタリア語が基準になっているが、ドイツ語、英語、フランス語も出てくる。

音楽をやるのに何が必要かと言えば、少し思い出すだけでも、多様な知識を必要とし、音楽という中学校の科目からは想像できないほどの多様な知識が必要である。

ロシア革命当時の大作曲家、ショスタコービチは当時の政治の影響を多分に受けている。
国家には威信というものがあるが、スポーツで金メダルを取るということも国家威信がかかっている。
我が民族は優秀であるということを、世界に誇示したいという意識が当たらくのだろうが、スポーツだけでなく、芸術のレベルの高さも同様である。

ロシアにはボリショイバレーやチャイコフスキーと言った作曲家を誇りにしているし、それだけに、政治は作品を気にしている。
ショスタコービチの時代には、多くの作曲家が体制に合わないとされ処刑された。

キリスト教とバッハ、バロック時代の音楽と宮廷、ナポレオンとベートーヴェンなど、楽譜から読み取るものは非常に多い。
数学者であったアンセルメが指揮者になったことは、そんなに不思議なことではない。

私が言いたいのは、教員の場合、教科の免許状があるせいか、それだけでその科目の専門家という錯覚がありはしないかということである。

そして、その意識が人間を狭いものにしていないか。
国語の先生が数学のことに首を突っ込むようなことは、暗黙のうちにタブーとしており、その壁のようなものが戦国時代の城の城壁や堀のような役目をし、自分の科目もそれで守られているという意識はないか。

そういうことで、定年を迎え社会に放り出されて、果たして専門家として通用するのか?

最近、私が中学校勤務時代にヴァイオリンを弾いていた女の子が、ヨーロッパのオーケストラからコンサートのために帰ってきた。
彼女は期末テストではいつも一番だった。
自宅で宿題をやっているところを、父親に「勉強なんかやらんでもいい」と叱られているのを見たことがある。
吹奏楽部で部長をやっていたS君は、現在、指揮者だが、彼も期末テストは一番だった。
彼も彼女も学習塾は行っていない。

アマチュアオーケストラの日曜日の練習に来ていた、女子高生のFさんは特別に勉強をしていたという様子もなかったが、東大へ進学した。
ピアノが大変上手だったのて、そちらの道へ進むこともできたが、卒業後は政治の道へ進んだ。
東大の野球部は弱いことで有名だが、オーケストラは上手で学生オーケストラとしては、全国一ではないかと思う。

話を戻して、各国の政治のトップにある指導者たちは、国家の威信に関わる活動には敏感で、先に述べたように政策(政治体制)に合わないと考える芸術活動を弾圧する。具体的には死刑である。
だから、その音楽がなぜ体制に合わないのかがわからないようでは、社会の先生と言っても、早い話がたいしたことないということになる。

ということで、音楽は学問を極める上で必須の分野だと思っている。
アインシュタインもヴァイオリンを弾いていて「死とはモーツアルトが聴けなくなることだ」という言葉を残している。
シュバイツアーはオルガンの名手だったことが知られている。

スイス・ロマンドを聴くということは、単なる物理的な音だけでなく、非常に多くのメッセージが込められていることを聴き取らなければならない。




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posted by edlwiss at 23:16 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育研究
この記事へのコメント
 私は音楽音痴です。どうやら人生を半分、いえ半分ん次元しか味わえなかった男かもしれません。
 負け惜しみでしょうが、難解な本を読むことは大好きです。小説より、学術書のような解説書や科学の専門本、などなど、読むというより見るのが好きです。私の考え方はいろいろな本のかすかな記憶で生まれてくるような気がします。
 耳からの刺激で頭脳があまり働かず、表象や文字から発想が湧くように感じています。手を使わず足で絵や文字を書く達人もいると自分を慰め、本から抽象概念を学んでゆきます。南無阿弥陀仏。失礼しました。
Posted by tsuguo-kodera at 2014年08月28日 04:42
音楽を全く聴かないということではないと思いますが。

特にクラシックは「突然開眼する」と言われています。

私もそうでしした。
Posted by dolce at 2014年08月28日 22:16
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