時間がずれていたので、どちらも参加することができた。
一方は教え子の同年会で、嫌われていた先生であったとしても、教え子にとっては、自分のクラスの先生だけいないというのはよくないだろうから、万難を排して参加しなければいけないと思っていた。
教え子と言っても彼らはもう親である。
昔のことを思い出すと、自分の未熟さを感じて恥ずかしい思いがする。
あのころ、彼らには、人の心の美しさをもらって、感謝するのは私の方である。
思い出すと、涙が出てくる。
私の母親は
「へえ、お前が先生!」
「お前が、ちゃんと先生できるのかねえ」
と言って心配していた。
そうかといって、我が子の働く場面を見ることはできない。
その母がガンで入院して、6ヶ月後に亡くなったのだが、人の子を預かるという大切な仕事がしっかりできているかということを心配していたのに違いない。
そういう心配を払拭してくれたのが当時の3年6組の彼らだった。
母はきっとニコニコして天国へ旅立っていったに違いない。
「親孝行をしたいと思うときには親はなし」
の言葉のように、何も親孝行をすることができなかったことが悔やまれるが、彼らが人生最高とも言えるプレゼントをしてくれたことに、私は感謝している。
また「人を信ずる」ということを、身をもって示してくれたのも彼らである。
同窓会に参加してみると、その彼らの暖かい気持ちは残っていた。
最近は個人情報保護で名簿を作ることは少なくなってきたのだが、彼らはクラスの名簿を作ってきて
「先生、悪用しないようにね」
と言って渡してくれた。

某中学校へ6年間勤務したとき受け持った吹奏楽部の生徒たちが集まった。
これも、係が名簿を作ってくれて渡してくれた。
住所、電話番号を調べるには大変だっただろう。
彼らも、もう親である。
音楽を続けている者もかなりいた。
アマチュアでやっている者、プロの指揮者、フリーの演奏者、大学教授、小中高の先生など。
話を聞けば、私が教わることの方が多い。
なのに「先生」と言われて「先生のあのときの教えがよかった」などとお世辞を言われると、肩身のせまい思いがする。
これも、暖かみのこもった会で今年はとてもいいスタートを切った感じである。

人気blogランキングへ
タグ:同窓会


