民衆の不満が爆発してクーデターに発展するということは、歴史が物語っている。
圧政で解放された直後はいいが、政権をとった者がその地位を利用して収奪をするので、また民衆の不満が高まる。
始めは正義を振りかざしていても、人は権力を持つと腐敗に向かうようだ。


中国も役人の不正が絶えないという。
しかし、一旦、不正が発覚すれば処刑。
そんなに厳しく取り締まっているから、トップは厳正かというと、そうでもないらしい。
トップ、つまり幹部クラスになると搾取はかなりのものらしい。
今、富裕層の中には幹部の搾取によって豊かになった者たちがいて、そういう彼らが日本へ旅行して散財していくとも聞く。
下級役人の不正が減らないのは「どうせ上もやっているんだろう」という気持ちがあるのかも知れない。
■日本はどうかそれでは、日本はどうなのかというところに関心が行く。
ズバリ、税金が有効に使われているかでわかるのだが、これが不透明。
例えば、震災復興資金は国会で決議され、それが額面通り施行されたかというと、案の定という残念な予想が当たってしまったように、どうみても疑問に思う使われ方があった。
日本は民主制をとっているから、一部の権力者(たち)が国家の財布を握っていて、適当に懐に入れているという構図は見えない。
しかし、世界3位の経済大国と言われながら、国家財政が赤字だったり、餓死者が出たりするというのは、どうにも納得がいかいない。
一体、国の家計簿はどうなっているのか?
国は国民から得るすべての収入と支出を、一度も明らかにしたことがない。
明らかにできないのは、明らかにできない理由があるからだろう。
日本は見かけ上、国のすべてを握っている独裁的な権力者は見えないように形になっているが、権力を背景にした権限を持つ小役人たちの不透明な働きが気になる。
具体的には霞が関を頂点とする、役人たちが国会で決まったことを、作文力で変更し(これを霞が関文学と言っている)、復興財源が100%被災地に届かないような仕組みにしている。
かすめとった予算は、間接的に私腹を肥やすことに使われている。
会社で言えば背任と同じなのだが、そこは法律の網をくぐって合法的に見せている。
役人になるのは、作文力と法律の網をくぐる知恵が必要なのだ。
■金を握っているところが強いスウェーデンでは70%もの税金を納めても、国民は不満を言わないという。
それは、使途が透明だからだそうだ。
日本では税金を納める感覚が「とられる」という感覚が強いようで、そのせいか、一度払ってしまった税金は国がどうしようと関係がないという気持ちが強くなったらしい。
それと言うのも、
源泉徴収制度があるため、給料制の人は実際に自分の懐に入る金にしか関心がないという傾向になる。
だから、
源泉徴収制度こそ諸悪の根源という人もいる。
ちなみに、アメリカはすべて申告制である。
(このため、パソコンが早く普及したと言われる)
■なぜ東大なのか?東大生の就職希望先は昔から省庁が多い。つまり官僚になりたい者が多いということ。
これは、官僚になって国民の税金を自由にできる仕事に関心が強いからなのだろうか?
特殊法人への天下り、渡りを通じてわずか数年で何億という退職金の恩恵にあずかりたいからだろうか?
■権力を持つと腐敗するこれは、昔から言われてきている言葉である。
権力は国家権力だけではない。役職に伴う権限も権力の一つである。
学校の教師も子どもの前では権力者である。
権力を悪用することが腐敗であり、悪用するかどうかはその人の人格にかかっている。
権力だけに魅力を感じている人は、それを利用して私腹を肥やす方に動く。
名古屋市の河村市長は、庶民と同じ収入で暮らさなければ政治はできないと言って、自らの報酬を引き下げた。
こういう人は珍しい。

